アミュス・パメルその2
私はいつも通り学校で授業した後に、ゼラ学園長を探していた。
いつも1日に1回くらいは会うのに、こういう日に限って見つけられないのだ。
この広い学園で、人ひとりを探すのはとても大変だ。
別に、あの手紙の内容を信じたわけではない。
あの優しい学園長に限って、この国を裏切っているなんて言う事はあり得ないだろう。
だけど、気にするなと言う方が無理があるだろう。
ただの悪戯だとは思うんだけど……。
私は"パタパタ"と走り回る。
「どうしたのですか?アミュス先生」
そんな私に話しかけてきた人がいた。
ああ、マズい。ダンレズ副学園長だ。
彼はとても厳格なのだ。
「あ、その……ゼラ学園長を探していまして……」
「何の用かはわかりませんが、そんなに急ぐほどなのですか?」
副学園長は悪い人ではない。
ただ、少し口うるさいのだ。
「それは、そうではないのですけど……」
「それでしたら、静かにお願いしますよ。もう、子供ではないのですから」
彼も副学園長らしく高齢だ。
つまり、私を子供の時から知っているという事になる。
だからいつも、子供ではないと怒られるのだけど……そう言われると、何も言い返せないのだ。
「すいません」
私は素直に謝るしかなかった。
「それでゼラ学園長ですが、中央の庭で花の手入れをしていましたよ。というか探し回っていたのでしたら、どこかの窓から見えるでしょう。気が付かなかったのですか?」
「ええ!?」
全く気が付かなかった。
そもそも、窓の外なんて見もしなかった。
「はぁ……あなたは昔からそうですね。頭はいいのにどこか抜けているというか……そもそもですね――」
ああ、駄目だこれは。長くなりそうである。
「あ!ありがとうございました!」
私は逃げ出した。
もちろん走ったりはしない。早足で庭へと向かう。
ダンレズ副学園長の方は見もしないが、きっと"やれやれ"という仕草をしているのだろう。
お説教は後で聞くことにしよう。
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すれ違いにだけはならないで欲しいと、祈りながら庭まで来たのだけど、祈りが通じたのか、ゼラ学園長はまだ庭で花の手入れをしていた。
「あら?アミュス先生。どうなさったのですか?」
「えっと……あの……」
私は言葉に詰まってしまう。
"しまった"、と思う。
会ってからどうしようか考えていなかったのだ。
まさか直接、国を裏切ってますか?なんて聞けない。
私が黙っていると、ゼラ学園長が口を開いた。
「……いい機会かもしれませんね」
何の事だろう。
「ちょうど誰も居ませんし」
その台詞は、今の私には不穏に聞こえてしまうのだ。
誰も居ないと都合がいい話なんてそうそうないだろう。
まさか、私にも国を裏切るように話すのではないだろうか?
「どうしたのですか?アミュス先生?」
「え、うええ?」
変な声が出てしまった。
心を見透かされたのだろうか?
もしかしたら、そういう魔法もあるのかもしれない。
「はぁ……本当に大丈夫でしょうか?心配でなりません。ほら、そんな変な顔をしないで」
ゼラ学園長が、私の顔を触る。
そんなに変な顔をしているだろうか?
「アミュス先生。良いですか?」
「はい!」
良くはないけど、なんのことだろう。
「まず、次の学園長が誰になるか知っていますか?」
なんだろう。
思ってもいない話が急に出て来た。
「えっと……ダンレズ副学園長ですよね?」
そういう話は聞いたことがある。
「違います」
「ええ?それじゃあ誰なんですか?」
副学園長以上に相応しい人なんていないと思う。
「あなたです」
あなた、あなたさんかぁ。
そんな人いたかなぁ?
「アミュスさん?」
「はい!」
「大丈夫ですか?わかっていますか?」
「はい!わかっています!」
「わかっていないようですね……」
そんなことはない。
次の学園長は"あなた"さんだ。
でも、なんでこんな話を私にするのだろう?
「次の学園長は、アミュス・パメルさんですよ」
それは私だ。
ここまで来ると私も理解して来た。
「もしかして、次の学園長は私と言っていますか?」
「最初からそう言ってます」
言ってないと思う。
「ええと、どこのですか?とても小さい学園の?」
「もちろんここのですよ。この学園のですよ」
当然そうだろう。
「無理ですよ!ダンレズ副学園長はどうするですか!」
「彼にはそのまま副学園長を続けてもらいます。もう話は通してあります」
それは、おかしい。
それに、
「ゼラ学園長はどうするのですか?」
これは、とても大事な事だ
「アミュス先生。落ち着いて聞きなさい。今すぐにという話ではないのですよ」
「あ……」
それもそうか。
「ただ、例えば"私がいなくなった時"に、あなたが学園長になるつもりでいてください」
とても含みのある言い方だと思う。
まるで、いなくなる可能性があるような話し方だ。
「なんで私なんですか?」
私はただの先生だ。それに若い。
普通に考えれば、ダンレズ副学園長が次の学園長のはずだ。
「そもそも、あなたは勘違いをしてそうですね」
なんのだろう?
「ここは魔法の国です。そして、ここは魔法の国の中心ともいえる場所です」
中心と言うのは、物理的な話ではないのだろう。
「だから、元々この学園の学園長は、一番魔法が上手い人がなるものなのですよ。年齢は関係ありません」
それはつまり、私が一番魔法が上手いと言いたいのだろう。
そんなことないと思うのだけど。
「あなたは今、"私が一番魔法が上手いわけではない"と考えていそうですね」
「うっ……」
図星だ。
「ですが、もうこれは決まったことですので」
覆せないと言いたいのだろう。
そう言われても、私は困るのだ。
突然の事で、戸惑うことしかできないのだ。
「話はこれだけです。まだ先の……話ですが、そのつもりでいてくださいね」
そう言うと、ゼラ学園長は去って行ってしまった。
私はここに来た意味も忘れて、立ち尽くしてしまうのだった。
♦
夜になり、部屋の窓を開ける。
今日は大変な事を聞かされた一日だった。
いや、昨日からか。
そういえば、元々は学園長が国を裏切っているという紙が投げ入れられたから、学園長を探していたのだった。
すっかり忘れていた。
私が学園長候補だなんて話の前では、そんな悪戯は大したことではないのだろう。
「どうしたらいいの?お兄ちゃん」
夜空に向かって、そう呟いたところで、返事が返ってくるわけがない。
しかしその代わりに、"また"だ。
また、折られた紙が部屋の中に飛んできたのだ。
すっかり油断をしていた。
まさか二日続けて、こんな悪戯をされるなんて思いもしなかった。
急いで外を見るが、この紙を投げ入れた人物は暗くてよくわからない。
中を見ずに、捨てようか迷ったが、一応紙を開くことにした。
その中には、時間と場所が書かれていた。