ベズンその2
待ち合わせの時間は既に過ぎている。
だが来ない。
罠にしては、何もなさすぎる。
まさか、おちょくられただけというわけでもあるまい
そして待ち合わせの時間を少し過ぎたくらいで、相手はやって来た。
「おい!遅いぞ!」
文句の一つくらいは言いたくなるものだ。
しかし、相手の飄々とした態度は、やはり罠としか思えない。
俺は、"嘘を見破る魔法"を発動する。
これは正確な魔法ではない。絶対的に嘘を見破れるわけではない。
だが、今まで、嘘を見破れなかったこともない。絶対的な信頼はある。
これは魔王様が、俺につけた機能の一つだ。体の中で魔法陣が発動し、相手に悟られることはない。
「ほほほ、どうせ暇でしょう」
暇ではあった。だから、早く来たのだ。
だが、そんな素振りを見せる気はない。
「暇なわけがないだろう。あまり俺をイラつかせるな。お前を今ここで殺してもいいんだぞ」
ババアが一人で来たのだ。
とてもではないが、戦えるようには見えない。ここで殺すのは簡単だろう。
「おお、恐ろしい。ですが、それで困るのはあなたでしょう」
口だけは達者なようだ。
確かに、今はまだ本題に入ってもいない。
「ちっ!それで、お前がこの国を治めている、ゼラってやつで間違いないんだな?」
情報としては知っている。だが見た目までは知らなかった。
そして、今目の前にいるババアの見た目は、ただのババアだ。
確かに、上等そうな服を着てはいるが、とてもこの国を治めている人間とは思えない。
「それを信じるかどうかは、あなた達次第でしょう」
今、このババアは"あなた達"と言った。
鎌をかけているのか、弟の居場所がバレているのかわからないが、
「食えんババアだ」
であることには間違いないだろう。
「お互い自己紹介をしませんか?これから"いい仲"になるのですし」
ここまでババアは嘘はついていない。
いい仲になると言うのも、嘘ではない。
「そんなものが必要か?」
「ええ、もちろん」
つまり、これから何回も会うつもりだと言いたいのだろう。
名前を知られたところで、困ることはない。
「ベズンだ」
魔族に名前はない。あるのは番号だ。
俺の番号はM0355だ。弟はM0356だ。
だが、古い魔族は番号は捨てて、名前を自分でつけている。
「ゼラ・ロマーネルと申します。この国で学園長をやっています。よろしくお願いします」
その内容は情報通りだが、俺の簡潔な挨拶を咎めるような言い方だ。
「……第6軍団長のベズンだ」
別に張り合うわけではないが、言い直しておいた。
「立ち話もなんですし、こちらへどうぞ。それが目的でしょう?」
「ああ」
暗い道だ。どこに続いているのかもわからない。
だが、進もうと思う。
「罠だとは思わなかったのですか?」
歩きながら、ババアが聞いてきた。
「まるで終わったかのような言い方だな。罠だと思っているよ」
これを、罠だと思わない奴は異常者だろう。
だが、少なくとも俺には、この"嘘を見破る魔法"があるのだ。
まだババアは嘘をついていない。
「ほほほ」
ババアらしい上品な笑い方だ。
「何がおかしい?」
「交渉相手が賢くて嬉しいのですよ」
魔族を馬鹿だと思っているのだろうか?
全てにおいて、圧倒的に人間より優れているというのに。
「馬鹿にしてるのか?」
「まさか滅相もない」
やはり、馬鹿にしているのだろう。
薄暗い道を長々と歩き続けて、頑丈そうな扉の前でババアが立ち止まった。
「こちらです」
こちら、と言われても、どちらかわからない。
どこに繋がっているのかもわからないのだ。
ババアが魔法を使うと、扉は開いた。
「そうしないと開かないわけか」
ババアにしか開けれないのかもしれない。
「こうしないと結界も開きません」
それはつまり、無理矢理破壊して入ろうとしても、結界に阻まれると牽制しているのだろう。
ババアが扉を先に通り、俺を手招きする。
扉の向こうは、普通の部屋だ。
そして、結界の中だ。
それはつまり、ここは魔法の国の中なのだろう。
躊躇いはしたが、ババアは嘘をついていない。
俺は、その1歩を踏み出して、魔法の国へと入ったのだ。
「これで貴様も立派な裏切り者だな」
そして、俺も後戻りは出来ないわけだ。
「魔族を国に招き入れたとなれば、命はないでしょうね。最も――」
ババアが、もったいぶりながら喋る。
「その命が惜しいから、私は国をあなた方に売るのですけど」
芝居がかかった喋り方だ。
「老い先短いババアがよく言うよ」
「ババアだからこそ、長い人生を背負っているのですよ。それを終わらせたくないだけです」
おかしい。
ババアは、"嘘は言っていない"。
「そう言うことにしといてやろう」
俺は落ち着かずに、辺りを見渡す。
ババアの言っていることは絶対におかしい。
「こちらです」
部屋を出たところで気付く。
今、"誰かがいた"。
俺の得意分野だからわかる。
「この辺りには、誰も入れない様になっていますので」
「そうか?今、人がいた気がするぞ?」
間違いない。
「ほほ……お戯れを」
やはりおかしい。嘘を言っていない。
だが、たった"一人"くらい、気にしても仕方がないだろう。
「俺は困らんけどな」
もしかしたら、本当に気づいていないのかもしれない。
ババアは、どんどんと建物の中を進んでいき、再び頑丈そうな扉の前で止まった。
「ここです」
「ここが……」
壁も扉も頑丈そうだ。
先程と同じように、ババアが魔法で扉を開錠した。
「どうぞ」
そして、先程と同じように俺を招き入れる。
ここまで来て、躊躇しても仕方がないだろう。
俺は迷うことなく中に入る。
部屋の中は、凄く簡素だ。特に何があるわけでもない。ただ、周りに機械があって、中央の機械に繋がっているだけだ。
「ここが、結界魔法を作り出している部屋です」
嘘は言っていない。
この部屋で、魔法の国の結界を作り出しているのは、間違いないようだ。
「そして、これがその装置です」
やはり、嘘は言っていない。
ならば、
「ほう……では破壊するとしよう」
俺は氷の魔法を放った。
ここで、俺が死んでも。結界さえ破壊すればいいのだ。修復するまでの間に、仲間がどうにかしてくれるはずだ。
だがしかし、魔法は装置の手前で弾かれてしまった。
「当然その装置にも結界は張ってあるのです」
それは当然だろう。
「解除する方法は?」
そもそも、このために来たのだ。
「私か王なら解除できます」
「ならすぐに解除してもらおうか?」
裏切るつもりなら、出来るだろう?
「ふふっ……気がお早い事で、私が昼にあなたを呼んだのは、今日は見せるだけのつもりだったからですよ」
やはり、怪しい。
「どういうことだ?」
「国を襲うなら夜の方がいいでしょう?」
だが、ババアは嘘はついていない。
「……そうだな」
とても納得できることではないが、引き下がるしかなさそうだ。
ババアを脅すことも考えたが、確実性にかける。
もう少し、"踊らされても"いいかもしれない。
「それでは、今日はこれまでにしましょう」
今日の所は大人しく帰ってやるとしよう。
♦
「兄ちゃん遅いよ」
弟の声に少し安堵する。
俺がいない間に、襲われる可能性も考えていた。
最も、襲われても、我々魔族が、"負けるはずなんてない"のだが。
「すまんな」
「どうだったの?」
どうだったと言われると、
「わからない」
としか言いようがないのだ。
「だが、もしかしたら魔法で、俺の魔法を相殺してるのかもしれない」
そうとしか考えられない程、おかしいのだ。
「ふーん」
弟は興味がなさそうだ。
こいつは、そもそも戦う事しか興味がないからな。
それに、俺のいう事しかきかない。
「しばらくは様子見だな」
「えー!つまんないよ!」
「我慢しろ」
じっくりと考えればいいのだ。