ゼラ・ロマーネルその1
私は学園長だ。
もうこの地位についてから、何年経っただろうか?
何年ではないか。何十年だ。
私はもう、おばあちゃんなのだから。
だからと言って、弱音は吐けない。
私はこの国で一番偉いのだから。
……一番偉いのは王様だっただろうか。
一番偉いならもう少し"シャン"として欲しいものだ。
学園長と言っても、学園の仕事はほとんどない。
どちらかと言うと、国の仕事の方が多いくらいだ。
今日も城に行って、今は学園へ帰っているところだ。
この時間なら、ちょうど下校時刻に間に合うだろう。
子供達との触れあいは何よりも大事なのだ。
♦
予定通りに、下校時間に間に合って、私は子供達に挨拶する。
「ゼラ学園長さようなら」
「はい、さようなら」
「おばあちゃんさようなら」
「はい、さようなら」
子供は可愛いものだ。
そうしている、子供以外が声をかけて来た。
「ゼラ学園長」
アミュスちゃんだ。
おっとアミュスちゃんだなんて言ったら申し訳ない。
「こんにちはアミュス先生」
もう彼女も大人なのだ。
「こんにちは!」
とても緊張している。
アミュスちゃんが先生になってからは、いつもこんな感じだ。
意識して、ちゃんとした態度を取っているのだろう。
それならば私もしっかりとした態度で返さないといけない。
しかし、
「すっかり大きくなりましたねアミュス」
やはり、彼女たちは私から見た子供なのだ。
体は大きくなっても……よく見たら、アミュスちゃんはあんまり大きくなってないかもしれない。
背は伸びたはずだ。でも、全体的にどこかちんまいきはする。
「はは……お陰様で!」
ま、まあ、アミュスちゃんはまだ20歳だ。
まだまだ大きくなるかもしれない。
「昔からあなたは手がかからない子でしたが、先生としてもちゃんと出来ているようですね」
"見た目に反して"、アミュスちゃんは天才だ。
昔から"見た目に反して"、しっかりとしていたのだ。
若くして、教師に抜擢したのは私だが、やはり18歳で教師と言うのは心配だった。
だが、あれから2年経ったが、問題らしい問題も起こさずに、子供達に好かれる良い先生になった。
とてもうれしく思う。
そして――。
「へへへ……」
アミュスちゃんの顔がとろけている。
この顔を見ていると、なんだかとても不安になって来た。
「……まだ、早いかもしれませんが……今度話したいことがあります」
"あの事"を話していいのだろうか?
「は、はい!なんでもやります!」
なんでもと、軽率に言うべきではないと、教えるべきだったかもしれない。
「ふふっ……そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ。確かに大変な事ではありますけど。まだどうなるかわからないのです」
まだ決まったというわけでもない。
だから、今はこんなところでいいだろう。
「おばあちゃーん」
ちょうどよく、私を呼ぶ声が聞こえる。
「はいはい今行きますよ……それでは、アミュス先生。また今度」
「はい!」
私を呼んでいたのは、メースちゃんとデリアン君だった。
「どうかしたの?」
「うん!ちょっとお兄ちゃんと魔法の練習していきたいの!おばあちゃんも見てて!」
普段なら断らないのだけど、今日はどうしても"外せない用事"があるのだ。
「ごめんなさいね。今日はちょっと……」
「ええ~」
こういう顔をされると、弱いのだ。
少しなら時間はある。だからこうして、門の前で子供達を見送っていたのだ。
「少しだけね」
本当に少しだけ。
♦
結局、メースちゃんがもう少しと言うので長引いてしまった。
ギリギリの時間になってしまったが、私は急いではいない。
今歩いているのは、国の地下だ。
ここを通って歩けば、国の外に出られる。
そうして、私は外に出た。
その先には――
「おい!遅いぞ!」
魔族がいた。
「ほほほ、どうせ暇でしょう」
相手は一人だ。
当然、殺し合いに来たわけではない。
「暇なわけがないだろう。あまり俺をイラつかせるな。お前を今ここで殺してもいいんだぞ」
「おお、恐ろしい。ですが、それで困るのはあなたでしょう」
私は仰々しく身振り手振りをする。
「ちっ!それで、お前がこの国を治めている、ゼラってやつで間違いないんだな?」
「それを信じるかどうかは、あなた達次第でしょう」
「食えんババアだ」
魔族は苛立ちを隠せない様子だ。
「お互い自己紹介をしませんか?これから"いい仲"になるのですし」
「そんなものが必要か?」
「ええ、もちろん」
名前くらいはわからないと、やり取りがしづらい。
「ベズンだ」
「ゼラ・ロマーネルと申します。この国で学園長をやっています。よろしくお願いします」
私の長い自己紹介に、魔族は髪をかきむしる。
「……第6軍団長のベズンだ」
随分若い数字だ。
「立ち話もなんですし、こちらへどうぞ。それが目的でしょう?」
「ああ」
来た道を戻る私に、ベズンはおとなしくついてきた。
「罠だとは思わなかったのですか?」
歩きながら、ベズンに問う。
彼らを一方的に呼び出したのは私だ。
「まるで終わったかのような言い方だな。罠だと思っているよ」
「ほほほ」
私はおかしくて笑ってしまう。
「何がおかしい?」
「交渉相手が賢くて嬉しいのですよ」
「馬鹿にしてるのか?」
「まさか滅相もない」
てんで話が通じない魔族も多いのだ。
凄く助かる。
薄暗い道を長々と歩き続けて、頑丈そうな扉の前で立ち止まる。
「こちらです」
それは、この地下の"入り口"だ。
私は魔法陣を作り、扉の鍵を開ける。
「そうしないと開かないわけか」
「こうしないと結界も開きません」
私は扉を先に通り、ベズンを招き入れる。
ベズンは少し躊躇っていたが、招かれるままに中に入った。
「これで貴様も立派な裏切り者だな」
「魔族を国に招き入れたとなれば、命はないでしょうね。最も――」
私は一息置いてから続ける。
「その命が惜しいから、私は国をあなた方に売るのですけど」
「老い先短いババアがよく言うよ」
「ババアだからこそ、長い人生を背負っているのですよ。それを終わらせたくないだけです」
「そう言うことにしといてやろう」
ベズンはキョロキョロと辺りを見回してる。
物珍しいとかではなく、警戒しているのだろう。
「こちらです」
私は、更に学園の"奥"へ、ベズンを案内する。
「この辺りには、誰も入れない様になっていますので」
「そうか?今、人がいた気がするぞ?」
鎌をかけているのだろう。
「ほほ……お戯れを」
「俺は困らんけどな」
そんな言葉は聞き流し、どんどんと進んでいき、再び頑丈そうな扉の前で止まった。
「ここです」
「ここが……」
私は再び魔法陣を作り、扉の鍵を開けた。
「どうぞ」
先程と同じように招き入れると、今度はベズンは迷いなく入って来た。
「"ここ"が、結界魔法を作り出している部屋です」
ベズンはやはり、キョロキョロとしている。まだ、私を信用しきっていないのだろう。
私は、部屋の真ん中にある装置に手を置く。
「そして、これがその装置です」
「ほう……では破壊するとしよう」
そう言ってすぐに、ベズンは魔法陣から氷の魔法を出して、装置に向けてはなった。
だが、その魔法は結界に阻まれてしまう。
「当然その装置にも結界は張ってあるのです」
魔法を阻まれても、ベズンは焦っている様子はなかった。
「解除する方法は?」
「私か王なら解除できます」
「ならすぐに解除してもらおうか?」
「ふふっ……気がお早い事で、私が昼にあなたを呼んだのは、今日は見せるだけのつもりだったからですよ」
「どういうことだ?」
「国を襲うなら夜の方がいいでしょう?」
「……そうだな」
ベズンは余り納得してなさそうな顔だが、引き下がったようだ。
「それでは、今日はこれまでにしましょう」
私はベズンを連れて、魔法の国の"入り口"まで戻る。
不思議とベズンはおとなしく着いてきた。
それに、
「それでは、またお呼びしますね」
「そうか」
大人しく帰っていったのだ。