アミュス・パメルその1
朝になり、私は起きる。
部屋の窓を開けて、外の空気で深呼吸する。
そして、ある方向を見て、私はお兄ちゃんの事を考える。
憧れていたお兄ちゃんの事を。
もういないお兄ちゃんの事を。
もう、私も20歳だ。いい歳だというのに、お兄ちゃんだなんて、少し恥ずかしいかもしれない。
だけど、あたしにとってお兄ちゃんは特別だったから。
窓の外を眺めた後は、準備を始める。
授業で使う教材の準備だ。
ここは魔術学園。
私はここの先生だ。
この国はメグスメナ王国と言う。別名、魔法の国と呼ばれるほど、有名な魔法が主軸になっている国だ。
その中でもこの学園は、由緒があり、一番大きい、特別な学園なのだ。
だから、先生である私も、家から通うのではなく寮で生活をしている。
準備が終わったら、まずは職員室にいかないと。
♦
「アミュス先生おはようございます!」
職員室から出て、教室に向かう途中で、子供達に声をかけられる。
私が受け持っている初等部の生徒たちだ。
「はい、おはようございます」
にっこりと笑顔を作る。子供は好きだ。
私も元はここの初等部に通っていた。
天才だなんてもてはやされて、気が付いたら先生になっていた。
最初の頃は嬉しかった。
でも……今は……。
「お兄ちゃん待ってよー」
聞き慣れた声を聞いて、そちらの方を見る。
シャカシャカと歩く男の子と、その後ろから、頑張って追いついて行こうとしている女の子が見えた。
男の子の方はデリアンと言い、女の子はメースと言う。
この二人は兄妹だ。
「ほらほらデリアン君。妹を置いて行っちゃ駄目でしょう?」
兄妹で初等部の学園に通っているのは、この子たちだけである。
"お兄ちゃん"に特別な感情を抱いている私は、自然と気にかけてしまう。
最も、この兄妹とは違うのだけど。
「だってメースが遅いから……」
悪い所を見つかったと思ったのか、声は小さく、尻すぼみだ。
この子達は別に仲が悪いわけではない。
デリアン君の方は、子供には良くある。見栄を張っているというか、同級生の目が気になるというか、そんなとこだろう。
「お兄ちゃんが速いから!」
メースちゃんの方は、逆に周りの目も気にせずに、お兄ちゃんに甘えている感じだ。
私も、これくらいお兄ちゃんに甘えれたら良かったのだけど……どちらかと言うと"見栄っ張り"な方子供だったのだろう。
もちろん今は違う。大人になったのだから。
「はいはい」
私は二人の手を取って、
「仲良くしましょうね」
それを繋げる。
「わかったよ……ほら、行くぞ」
「うん!」
デリアン君は相変わらず照れているが、メースちゃんは満面の笑みだ。
「先生ありがとー!」
メースちゃんが手を振って来る。
私はそれに手を振り返した。
さて、私も遅れないようにしないと。
♦
授業は憂鬱だ。
先生になり立ての頃は、教えることが楽しくて仕方がなかった。
だけど、気付いてしまったのだ。私が魔法を教えた生徒たちが、戦争に行かなければいけないかもしれないという事に。
私の受け持ちは初等部だから、まだまだ先の話だろう。
だけど、魔族との戦争は、もう何年も続いているのだ。すぐに終戦するなどと、甘い考えは持てない。
それでも、私にはどうすることは出来ない。
私が先生であっても、先生でなくても、戦争は終わらないのだから。
♦
授業が終わり、下校時刻になる。
「アミュス先生さようならー」
「はーい。さようなら」
私は、この時間になると、校門で子供達の見送りをしている。
学校の業務にそう言うものがあるわけではない。
ただ、私がそうしたいから、見送りしているだけだ。
私と同じことをしている先生は、一人しかいない。彼女を先生と言っていいのかはわからないのだけど。
私は、その"彼女"に話しかけた。
「ゼラ学園長」
「こんにちはアミュス先生」
「こんにちは!」
私は勢いよく頭を下げる。
ゼラ学園長は、先生は先生でも学園長である。
この、魔法の国で一番大きい学園の学園長である。
王様より偉いとさえ言われている人だ。
そんな人が下校の時間に、子供達を見送っているのはなんでか?
それは、ゼラ学園長が素晴らしい人だからだ。
子供は国の宝。そう言って、わざわざみんなの様子を見に来てくれているのだ。
そして、私もこの学園に通っていた。
だから頭が上がらないとも言えるが……すごーく失礼な言い方をすると、子供の頃から私たちのことを見てくれている、みんなのおばあちゃんのようなものなのだ。
「すっかり大きくなりましたねアミュス」
「はは……お陰様で!」
「昔からあなたは手がかからない子でしたが、先生としてもちゃんと出来ているようですね」
そんな風に褒められると照れてしまう。
「へへへ……」
「……まだ、早いかもしれませんが……今度話したいことがあります」
なんだろう。いつもの優しい顔のゼラ学園長ではない。厳しい顔をしている。
「は、はい!なんでもやります!」
「ふふっ……そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ。確かに大変な事ではありますけど。まだどうなるかわからないのです」
なんだか随分ともったいぶるなあと思う。
「おばあちゃーん」
メースちゃんとデリアン君だ。私の朝の言いつけ通り、二人仲良くしてくれているみたいだ。二人は、遠くからゼラ学園長を呼んでいる。
おばあちゃんと呼んではいるが、当然ゼラ学園長はあの兄妹の本当の祖母ではない。
私も昔は学園長の事を、おばあちゃんと呼んでいたなあ。今ではとても呼べないけど。
「はいはい今行きますよ……それでは、アミュス先生。また今度」
「はい!」
そう言い残して、ゼラ学園長は行ってしまった。
下校している生徒たちもほとんどいなくなったし、私も戻って仕事をしようと思う。
♦
「ふぅ……」
仕事が終わり、部屋へと帰って来た。
教師になってから2年間、何も変わり映えのしない一日だ。
窓から外を眺める。
国の周りには、見えないが結界魔法が貼られている。
人間は行き来できるが、モンスターや魔族は入れない結界だ。
ここは最前線ではないが、魔族がこの国を狙うことはある。
こんなに呑気にしていていいのだろうか?
いや、駄目なのだろう。
でも、私には何もできない。
お兄ちゃんさえ居ればなあ……。
毎晩外を眺めながら、そう思うのだ。
「え?」
その時だった。
開いた窓に、なにかが飛んで入って来た。
びっくりして、私は尻もちをついてしまう。
「もう!なによ?」
私は、その入って来たものに目を向ける。
折られた紙だ。
誰かの悪戯だろうか?
拾い上げて、紙を開いてみる。
その手紙にはこう書いてあった。
ゼラ学園長は国を裏切っている。




