グザンその7
「なんで」
俺様は森を走っている。
それは当然、"ピエロ"から逃げるためだ。
いや、逃げずに戦っても勝てるのだが……。
部下がやられちゃあ、どっちにしろ仲間を呼びに行かないといけないからな。
森に逃げたのは、正しい判断のはずだ。
うまくいけば、あのピエロを巻けるはずだった。だがあいつは、なんとかついてきやがる。
「なんでこんな理不尽な事が起きるんだ!」
俺様に悪いところはなかったはずだ。
あとは人間の奴隷を飼って、人間が滅びるのを待つだけだったはずだ。
「それを君が言うべきではないな」
後ろから声が聞こえてくる。
その言葉には、怒気が含まれているように感じた。
声がする方に鞭を振るうが、当然のように避けられた。
「くそっ!」
なんで手に持っているのが鞭なんだ。
こんなもの、ほとんど動かない奴隷にしか振るったことがない。実戦で使ったことがないのだ。
俺様の槍さえ持っていれば、あんな奴一瞬で殺してやるのに……。
「そろそろ疲れて来たんじゃあないのか?」
「お前が追いかけるからだろ馬鹿野郎が!」
少し後ろを見ると、ピエロは涼しい顔で追いかけている。
俺様はこんなに苦しい思いをしてるというのに、むかつく奴だ。
「ハァハァ……」
体が重い。
こんなに体を動かしたのは、何年振りかわからない。
昔の俺様なら、あんな奴から逃げるのなんてわけもなかったはずだ。
……いや違う。違うぞ。昔の俺様なら、あんなふざけた奴は簡単に殺していたはずだ。
くそっ!疲れて、頭が回らないからだ。
何もかも予定通りにいかない。
このまま逃げ切るのは難しいだろう。
「くらえ!」
唐突に立ち止まって、空中に魔法陣を作り、炎の魔法を繰り出す。不意を突けたはずだ。
効果は予想通り――いや、予想以上だった。
ピエロは凄く驚いた様子で、大げさに魔法を避けたのだ。
俺様はその隙を見逃さずに、すぐにピエロに肉薄して攻撃をしようと――したのだが、その瞬間空が――見えたのだ。
ああ、これは……俺様の首が宙を舞っているのだ。
「驚いたよ。そうか、異世界だからね。あるよね魔法。でも詠唱とかないんだな……」
なんだ、何の話だ。何に納得しているのだ。
体と首が切り離されて、文字通り指一本動かせない俺様だが、まだ意識ははっきりとあった。
「くそ……貴様……俺様を殺しても意味はないぞ」
「驚いたな。まだ生きているんだね」
その口ぶりから察するに、魔族の事を狩り慣れているというわけでもなさそうだ。
「何なのだ貴様は」
「そうだよね……それは僕も、そう思うよ。ただ――」
自分でも自分が何かわからないと。そんなことを言う奴の大半は、そんな謎めいたことを言う自分に、浸っているだけの恥ずかしい奴しかいないのを俺様は知っている。
ピエロは手に持った槍を振りかぶる。
「僕は道化さ」
そして俺様の頭に、槍は振り下ろされたのだ。




