ベナミス・デミライト・キングその8
革命軍が盛り上がっているところ悪いのだが、俺は全く乗り気ではない。
きっとラエイン辺りは、かなり興奮しているのだろう。
とりあえずこれから何をするかを考えなければいけない。
その時だった。
視界の端でエニールが駆け出しているのが見えた。
自分の事で頭がいっぱいだったが、よくよく考えたら一番最初に考慮しなければいけなかっただろう。
「エニール!」
俺はエニールを追って走りだした。
エニールは若いし、足も速い。それに後から追いかけているのだから、距離も離れている。
だが大丈夫だ。俺はエニールより"速い"。それは単純に体格の差である。エニールの1歩は、俺の半歩くらいである。
だから必ず追いつく。
エニールを追いかけたのは打算だ。
まず、今追いかければ、エニールから何か話を聞けるかもしれない。他に人がいない方が話しやすいだろう。
まあ、実はそれはもう別にどうでもいいのだが。
何より大事なのは、エニールの身だ。
エニールは皆から好かれている。仮にエニールが死んだら、皆がどれだけ生気を失うかわからない。
これから、この国を出ないといけないかもしれないのだ。それは困る。
だから死に物狂いで走った。
例のピエロと、グザンも何故だか走っている。
……もしかしたてグザンは逃げているのか?
なんだろう。とても変な状態だ。
逃げるグザンを追うピエロを追うエニールを追う俺だ。
笑いごとの様な話だが、俺は必至だ。エニールが思ったより速い。
対して、もう俺は限界だ。
だが、
「捕まえたぞ!エニール!」
ギリギリ届いた。
届いたのはいいが、もう走れないほど息があがっている。
「ハァハァ……国の外までは追いかけさせないぞ」
「でも……」
グザンは国の外まで逃げて行ってしまった。
きっと隣国まで増援を求めに行ったのだろう。
早めに国を出ないといけない理由が"増えて"しまった。
「どちらにしろ、もう見えなくなってる」
とりあえずまずは、エニールを諦めさせないといけない。
「そんな……」
「あれは誰だ?」
一応聞いてみる。
「し……知らない」
嘘だろう。
「……そうか」
だが、言いたくないならいい。
「もう追いかけられないんだ。戻ろう」
「うん……」
エニールが素直に従ってくれるのは凄く助かる。
これからまだやる事も多いのだから。
♦
「ベナミスさーん!」
ラエインがニコニコとしながら手を振っている。
良かった。戻ったら全滅してたなんてこともあるかと考えていた。
「すまん、待たせたな」
ここまで来たら、エニールはもう大丈夫だろうから、ナセじいに任せることにする。
ここからは革命軍を動かさないといけない。
「グザンはどうなったのですか?」
ラエインが聞いてきた。一番気になるところだろう。
「ああ、逃げられたよ」
革命軍がざわめく。
とりあえずは安堵したというところだろう。
「えっともう一人の方は?」
それも気になるところだろうが……。
「まあ、落ち着け。それよりも全員の話を聞かなければいけない」
それよりも先にやらなければいけないことがある。
とりあえずラエインには待つように伝えて、待たせておくことにする。
まずはダオカンから話を聞こう。
「ダオカン。そういえばそちらに魔族が逃げていかなかったか?」
見張りはピエロが倒したと言っていたが、少なくとも一人は別の所に逃げたはずだ。
「ああ、そいつなら倒したぞ」
なんだって?
倒したって?
「お前がか?」
「ああ、なんか思ったより弱かったな」
いや、それはおかしいぞ。並の人間では絶対に倒せないはずだ。それくらい魔族は強いはずだ。
もしかして、お前が元軍団長だったりしないか?
「そ、そうか」
だが、悩みの種が一つ消えたのは間違いないだろう。
ダオカンが嘘をつく理由もないし、そうだというのなら、そうだとして。話を進めることにする。
「ピエロが見張りを倒して回ったのは、どこも一緒だって言ってたけど、一応話を聞いてくるといいんじゃないか?」
「そうする」
そうして、話を聞いて回った感じだと、魔族の生き残りはいないと俺は判断した。
魔族が使役していたモンスターが、少し残っているかもしれないくらいだが……それもいないのではないかと思う。ここではモンスターを使う必要なんてなかったからな。それだけ従順だったのだ俺達は。
だが、万が一という事があってはならないのだ。確認はしないといけないだろう。
「それじゃあ、各自分担して、魔族が残っていないか調べてくれ。ついでに残っている者達にはテントに戻るように伝えてくれ」
俺は……城に行ったほうがいいだろう。
ここまで来たら俺は革命軍のリーダーだ。
嘘をつき通すしかない。
「十数名は俺と一緒に来てくれ。城の中を探索する」
「はい!」
元気よく返事したのはラエインだ。
別にラエインを連れていく必要はないのだが……。というか、むしろ連れて行きたくないのだが。
仕方がないだろう。
拒む理由がない。
城にはすぐ着いた。国としてみたら大きいは大きいが、占領された時に人が死に過ぎた。残った奴隷達を働かせるなら城の周りだけで十分だった。だから近いのだ。
城の中は一番危険である。
もしも魔族が残っているのであれば、城の中だろう。
だがこちらには、"ダオカンがいる"。
魔族よ。来るならいつでも来い。
「俺……達は、上を見てくる。他の者達も散開して回ってくれ」
一瞬言い澱んだのは、ラエインを連れて行きたくなかったからだ。
だが、ダオカンは連れて行かなければいけない。
仕方のない事だろう。
とりあえず、グザンの部屋を目指すことにする。
グザンの部屋は最上階だ。
「やっぱりベナミスさんは歩き慣れてるんですね」
「え?」
急に言われて、変な声が出てしまった。
しまった。何も考えていなかった。
「だって、昔はよく城の中を歩き回ってたんですよね?」
それはそうだ。コックとしてな。
「あ、ああ。そうだな。その通りだ」
「あまり声を出すなラエイン。魔族の生き残りがいるのかもしれんのだぞ」
本当にその通りだ。緊張感を持ってほしい。
しかし、ダオカンの奴はまるで歴戦の戦士のようである。
「は、はい。すいません!」
だから、その声が大きいのだ。
だが、そのおかげで、グザンの部屋までラエインは黙ってついてきた。
「ここがグザンの部屋だ」
「なんで知ってるんですか?」
あっ……。奴隷がここまで来ることはない。あまりにも不自然である。
いや、大丈夫だ。まだ修正は効くはずだ。
考えろ。
「あ、ああ。革命軍のリーダーとして、これくらい知っていて当然だ」
苦しい言い訳だろうか?
「なんだよ水臭いな。俺にも教えといてくれよ」
お前は黙ってろダオカン。
「ふっ……お前は聞いてもすぐ忘れるだろう」
「それもそうか」
なんとか誤魔化せたようだ。
どうせグザンの部屋には、魔族は"絶対にいない"のだから、さっさと中に入ってしまおう。
グザンがいない時に部屋に入ったのは初めてである。
だからどう、というわけではないが。
グザンの部屋には、許可がないと部下の魔族は絶対に入らない。
入ったのは念のための確認である。
だから、特に何をしようと思ったわけでもないのだが……槍が目に入った。
グザンから、過去の栄光の話は、何度も聞かされてきている。
グザンが戻ってきた場合に、槍を振るうとも限らない。念のため持って行って、隠してしまった方がいいだろう。
「魔族はいないみたいだな。よし、次の部屋に行こう」
「え?いいんですか?」
時間が巻いているからな。
「ああ、魔族の生き残りがいるかいないかだけ見ればいい。あと……この槍はグザンのだな。持って行った方がいいだろう。なんだか持ち手がベタベタするがな……」
どうせ、お菓子を食べた手で触っていたのだろう。
運が良い事に、ラエインは疑問も抱かずに、部屋を出て行ってくれた。
俺も続いて部屋を出る。
すると、ラエインが俺の厨房を開けようとしているではないか。
「待て!ラエイン!」
そう呼び止めたことに、特に理由はない。
ただ、つい止めてしまったのだ。
「あの……ごめんなさい。駄目でしたか?」
俺が使っていた証拠なんてないはずだ。
大丈夫なはずだ。
「いや、すまん。なんでもないんだ。気のせいだった」
だが、念のためと言うのはあるだろう。
「ラエイン。その部屋はもういいから、別の部屋を周ろう」
さっさと離れてしまえばいい。
何度も言うが、時間もないのだ。
そうして、城を周ったが、魔族の死体しかなかったし、他の革命軍も生きている魔族を見つけられなかったようだ。
よかった。ダオカンの出番はなかったようだ。