ラエイン・ノステルその8
みんなが叫んでいる。
その中で、僕は一際大きく叫ぶんだ。
「革命軍に栄光あれ!」
なんというか……今は無敵の気分だ。
少し馬鹿っぽい表現の仕方だけど、そうとしか言えない。
これは僕に限ったことではなく、みんなそうだろう。
ベナミスさんだってそのはずだ。
「エニール!」
そんなことを考えている時に、ベナミスさんの声が聞こえた。
声の方を見ると、エニールが何故か走り出している。
そして、それを後からベナミスさんが追いかけている。
「少し待っててくれ!」
ベナミスさんの声が響いた。
なんてことだろう。
僕が自分に酔っている間に、ベナミスさんは冷静に動いていたのだ。
ベナミスさんが僕と同じだなんて、なんとおこがましい考えだったのだろうか。
やっぱり、ベナミスさんは僕達とは違うんだ。
でも、エニールはなんで走り出したのだろう。
それも、危険な方向にだ。
それは僕にはわからない。
それに、僕たちを助けてくれたのは誰なんだろう?
それも僕にはわからない。
わからないことだらけだ。
だけど一つだけわかることがある。
それは、ベナミスさんについて行けばいいという事だ。
だから今は待てばいいのだろう。
♦
少し待っただけで、ベナミスさんは帰って来た。
ちゃんとエニールを連れて。
「ベナミスさーん!」
僕は嬉しくなって手を振る。
「すまん、待たせたな」
全然待っていない。すぐに戻って来てくれたのだから。
「グザンはどうなったのですか?」
遠くて良く見えなかったのだけど、途中までは見えていた。
"ベナミスさんが"勇敢にもグザンを追いかけていったのだ。
「ああ、逃げられたよ」
"ベナミスさんが"追い払ってくれたという事だろう。
「えっともう一人の方は?」
あの得体の知れない方だ。
「まあ、落ち着け。それよりも全員の話を聞かなければいけない」
確かに。話をまとめる前にエニールが飛び出してしまったから……。
「ラエインは俺と同じところにいたからな。少し待っててくれ」
なんだか待つのが得意になってしまった気がする。
でも、それだって苦にはならないんだ。
♦
「それで、話をまとめると、あのピエロが各自の持ち場に現れて、魔族を殺して回ったことになるな」
そのようだけど、本当に一体なにものなのだろう。
それは本当は、僕達がやるはずだったことなのに。
「それじゃあ、各自分担して、魔族が残っていないか調べてくれ。ついでに残っている者達にはテントに戻るように伝えてくれ」
地道な作業になるのだろう。
「十数名は俺と一緒に来てくれ。城の中を探索する」
「はい!」
当然、僕はベナミスさんについて行くつもりだ。
ベナミスさんと一緒なら心強い。
例え魔族の生き残りがいても、すぐに倒してくれるだろう。
もちろん、僕も勇敢に戦うつもりだけど。
城はそう遠くないところにあるから、すぐに着いた。
子供の頃は、よく城の前まで来て、城を眺めていたものだ。
冒険者の次くらいには、城の兵士に憧れた。
そして、今目の前にある城は、ボロボロだ。
魔族の進行を受け、そのまま魔族に何年も使われ、不気味な廃墟と化している。
外がボロボロなら、当然城の中もボロボロだ。
子供の頃、夢に見た城がこんなになってしまって、とても残念だ。
ベナミスさんもきっとショックを受けているだろうと思い、顔色を伺ったのだけど、平然としていた。
「俺……達は、上を見てくる。他の者達も散開して回ってくれ」
俺達と言うのは、僕とダオカンさんとベナミスさんだ。
ベナミスさんは、慣れた足取りで階段を上っていく。
「やっぱりベナミスさんは歩き慣れてるんですね」
「え?」
ベナミスさんが変な声をだした。
きっとベナミスさんにとっては、"当たり前のこと"だから意識していなかったのだろう。
「だって、昔はよく城の中を歩き回ってたんですよね?」
「あ、ああ。そうだな。その通りだ」
「あまり声を出すなラエイン。魔族の生き残りがいるのかもしれんのだぞ」
そう言ったのはダオカンさんだ。いつもからは想像つかない程、ずっと緊張感のある声だ。
「は、はい。すいません!」
しまった。声が大きかったかもしれない。
そこからは黙って、最上階まで来た。
ベナミスさんは、最上階の、ある部屋の前で止まる。その部屋の前では魔族が死んでいた。
「ここがグザンの部屋だ」
「なんで知ってるんですか?」
不思議だ。
「あ、ああ。革命軍のリーダーとして、これくらい知っていて当然だ」
それはその通りだ。
いつかこの部屋を襲撃して、グザンの首を取ってやる予定だったのだろう。
「なんだよ水臭いな。俺にも教えといてくれよ」
「ふっ……お前は聞いてもすぐ忘れるだろう」
「それもそうか」
ダオカンさんは楽しそうに笑った。
ここまで魔族と会わなかったこともあり、気が緩んでいるのだろう。
こうなると、逆に僕が気を付けないといけない。
ベナミスさんは躊躇せずに、グザンの部屋の扉を開けた。
いくらグザンがいないからって、平然とし過ぎだろう。
僕は緊張してるというのに。
部屋の中には甘ったるい匂いが充満していた。
グザン自身の匂いと、同じ匂いだ。
そして、目に映るのは、本、本、本だ。
あいつ、あんななりをして、読書が趣味なのだろう。
他に変わったところはない。
「魔族はいないみたいだな。よし、次の部屋に行こう」
「え?いいんですか?」
やけにあっさりとしている。
それと、ベナミスさんは槍を持っていた。
「ああ、魔族の生き残りがいるかいないかだけ見ればいい。あと……この槍はグザンのだな。持って行った方がいいだろう。なんだか持ち手がベタベタするがな……」
そうだろうか?
ベタベタするなら、別に置いて行ってもいい気がする。
だけど、そんなことを口にはしない。ベナミスさんが決めたことなのだし。
部屋から出た僕だったけど、ベナミスさんにばかり頼っていては駄目だと思った。
だから、次の部屋と言われたので、僕はグザンの部屋を出て、すぐ近くの部屋を開けようとする。
「待て!ラエイン!」
ベナミスさんが急に大声を出した。
だけど、扉は開いた後だった。
厨房のようだ。中に魔族はいない。
「あの……ごめんなさい。駄目でしたか?」
「いや、すまん。なんでもないんだ。気のせいだった」
何だったのだろうか?
でも、よく考えると、こんなところに厨房があるのはおかしい。
「ラエイン。その部屋はもういいから、別の部屋を周ろう」
おかしいけど別にいいか。
今の状況を考えたら、疑問なんて些細なことだ。
ベナミスさんに従おう。
それから、城の中を周ったけど、魔族の死体しか見つからなかった。
そして、他の革命軍と合流して、みんなの元へと帰ったのだ。
♦
皆の前で、ベナミスさんが演説をしている。
皆の反応は様々だ。泣くものもいるし、踊るものもいる。
そして、僕はと言うと、複雑な気持ちだ。
革命は、僕の中での予定とは全く違かった。結局僕は"何もやっていない"のだ。
それでも、革命は成ったのだから、それでいいのだろう。
それに、まだこれからだ。
きっとベナミスさんは、人間領に着いたら、革命軍を率いて魔王軍と戦うのだろう。
それなら、僕もベナミスさんの横にずっといようと思う。
ベナミスさんは、誰よりも信頼できる英雄なのだから。