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エニール・ミーンその9

 彼が現れてから、去るまで、あたしはポカンとしていた。

 去ったというよりは、グザンを追いかけていったのだけど。

 

「革命軍に栄光あれ!」


 なんだか周囲が騒がしい。

 その喧騒で、やっとあたしは正気に戻ったのだ。

 

 彼を追いかけなきゃ、あたしはそう思い、走りだした。


「エニール!」


 誰かの声が聞こえたけど無視した。

 あたしより足が速い人はいないはずだ。


 グザンが、吹き飛ばされたと言っても、そう遠くはない。

 彼の後姿は見えるし、グザンの後ろ姿だって……あれ?

 おかしい。グザンはきっと彼と戦っているのだろう。

 そうなると、彼と向き合ってないといけないはずだ。

 なのに、グザンは彼と同じ方向に走っているのだ。

 これはつまり――逃げているのだ。


 そして、彼は当然それを追いかけている。

 足の速いあたしより速く。

 どんどん彼が遠ざかっていき、ついにグザンを追って、国の外に出て行ってしまった。

 あたしもそれを追いかけて一緒に――。


「捕まえたぞ!エニール!」


 大きい手に肩を掴まれた。

 振り返らなくてもわかる。

 ベナミスさんだ。


 凄い息を切らしている。全速力で走ってきたのだろう。


「ハァハァ……国の外までは追いかけさせないぞ」

「でも……」


 それはそうかもしれない。だけど追いかけたいのだ。


「どちらにしろ、もう見えなくなってる」


 ハッとなってグザンと彼が消えた方向を見たが、もう影も形も見当たらなかった。


「そんな……」

「あれは誰だ?」


 そう聞かれると困る。どう答えればいいのだろうか。


「し……知らない」


 つい咄嗟に嘘をついてしまった。

 あまりにもバレバレの嘘だろう。


「……そうか」


 何故かはわからないが、追及はされなかった。

 きっと嘘だと気付いているのに。


「もう追いかけられないんだ。戻ろう」


 そう言われたら、あたしも従うしかないのだ。


「うん……」

 


     ♦



「ベナミスさーん!」


 畑に戻ると、ラエインが随分と元気そうに手を振ってきた。

 ラエインの周りにはたくさん人が集まっている。


「すまん、待たせたな」


 ベナミスさんはそう言うと、あたしから離れていった。

 ああ、ラエインの周りに人が集まってたんじゃなくて、ベナミスさんの周りに人が集まってたんだ。

 そんなどうでもいいことを考える。


「エニール。急に走り出したから驚いたぞ」


 ナセじいがあたしを抱擁する。


「無事で良かった」

「うん、心配かけてごめん」


 ナセじいはあたしの手を引く。


「ベナミスがテントに戻っているように皆に言って回るそうじゃ、儂らも戻ろうぞ」

「……うん」


 それしかないのだろう。

 彼はどこかへ行ってしまったのだから。

 でも、きっと戻って来る。

 


     ♦



 夜になった。

 みんなは急な事に、どうしたらいいのかわからずに、あたふたしているだけだ。

 そこに仲間を連れたベナミスさんがやって来た。


「みんな!俺達、革命軍で国中を周ったが、もう魔族は全滅していた!グザンだっていない。つまり――」


 ベナミスさんは一呼吸おく。


「俺達は解放されたんだ!もう奴隷ではない!」


 "ドッ"と歓声が沸いた。

 喜び方は人それぞれだ。踊ったり、歌いだしたり、ただ涙を流したり、抱き合ったり。


「すまない!落ち着いてくれ!」


 そう、呼びかけてるのはダオカンさんだ。

 まだ話があるのだろう。

 皆が再び静まる。


「しかし、皆も薄々感じているだろうが。ここは魔王領だ。敵軍の真ん中である。すぐにここを去らなければならない。よって、明日にはここを発つことにする!」


 それは困る。

 だって彼が帰ってきていないから。


「だが、今日は解放の日だ。宴の準備を始めている。今日だけは英気を養って明日に備えるように!」


 またみんなの歓声が上がった。

 そして、宴が始まった。


 あたしはそんな中で、ベナミスさんに出発を待ってもらうように、言いに行こうとしているのだけど、ベナミスさんの周りは人だかりが出来ていて、とても近づけない。


「おお、エニールよ。こっちに来なさい」


 あたしを呼ぶのはナセじいだ。

 ナセじいに呼ばれたら、断れない。

 でも、ナセじいは酔っていた。


「まさか生きてまた酒を飲めるとは思わなんだ……」


 仕方ないから、あたしはお酌してあげる。

 ベナミスさんには今日は近づけなさそうだし仕方がない。

 皆のこの空気に水を差すわけにもいかない。

 それに明日になったら彼は戻ってくるかもしれない。

 いや、戻って来るだろう。

 本当にどこをうろついてるのだろうか。

 


     ♦



 翌日になり、みんなはテントどころか、その辺の地面に寝転んでいる人ばかりだ。

 あたしは癖で早起きしたのだけど、誰も起きていない……いや、一人いた。

 ベナミスさんだ。

 なんてちょうどいいのだろう?


「おはようございます」

「ああ、早起きだなエニール」

「そちらこそ」

「俺は寝てないんだ」


 何故だろう。

 だけど、そんなことはどうでもいい。


「少しいいですか?」

「駄目だな」


 こんなことを言うのは珍しい。


「なんでですか?」

「言いたいことはわかるからだ」


 そんなにわかりやすかっただろうか?


「でも、彼がまだ戻ってないんです!あたしたちが解放されたのは、彼のおかげなんですよ!」


 これではあたしが彼の知り合いだと言っているようなものだ。でも、どうせみんな寝ている。


「わかっている。だが、残酷な事を言うようだが、一晩経って戻って来ないという事は、何かあったという事だ」

「そんなことは……」

「あるんだよエニール。俺達にはもう後がないんだ。もしかしたらグザンが戻ってくるかもしれない。その時どうなるかわからない」


 それでは、彼が死んだみたいではないか。


「だが、な?エニール」


 急にどうしたのだろう。


「俺だって馬鹿じゃあない。道中は危険でいっぱいだ。魔族のいそうなところは避けないといけないし、モンスターに襲われるかもしれない。あのピエロが護衛してくれれば無事にどこかへたどりつけるかもしれない」

「それって?」


 つまり?


「ああ、数日待とうと思う」


 良かった。本当に良かった。


「ありがとう!ベナミスさん!」


 ベナミスさんは何故かあたしから顔を背けた。きっと照れているのだろう。


「とりあえず今日は荷造りとかをしよう。みんなで協力すればすぐに終わるだろう」


 ひとまずは、これで安心だ。

 


     ♦



 そうして、昼には逃げる準備をして、夜になった。

 次の日。つまり今日発つと言っていたベナミスさんだけど、あたしとの話の通り、今日出発することはなかった。

 何故だかみんなに「エニールは朝早くから働いてくれてたから」と薦められて、あたしだけ早くテントに戻ってきている。

 みんなの生き生きとした顔を見たのは久しぶりだ。

 これで、彼が"帰ってきて"、みんなで出発すれば完璧だ。


 いつもより、楽な事しかしてないけど、いつもとは違う事ばかりしたから、なんだか疲れちゃっ

た。

 大きくあくびも出てしまう。

 少し早いけど、みんなの言う通り寝てしまおうかな……。

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