グザンその6
俺様の日常は退屈である。
趣味は甘いものを食べることと、読書くらいなもので……おっと、奴隷をぶっ叩くのは趣味じゃあないぞ。愉しいけどな。
当たり前だが、魔族は本を書かない。戦う為に作られた生物だからな。だから、読書と言っても人間が書いたものを消費していくだけだ。他の奴らは本になんて興味がない奴らばかりだし、新しいものは中々手に入らないのだ。
いくら好きでも、毎日同じことを繰り返しているだけでは、飽きる。
なにより憂鬱なのは、もう刺激的なことなど起こらずに、あと何年、何十年、何百年もこの状態を続けなければいけないであろうことだろう。
そんなことを考えても仕方がない。
気分転換に外に出て、奴隷でもいびってやるとしよう。
……そうだ。あの小娘はそろそろ元気になったかな?
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外に出ると、探すまでもなく、あの小娘は目に入る。
目立つのだ。
だいたい子供の女は死んでいるからな。
「よう、48番。傷は良くなったか?」
見るからに元気そうである。
「はい!もう大丈夫です!」
それならと思い。軽く背中をバチンと叩いてやった。
俺様からしてみれば撫でたようなものであるが、人間にしてみれば痛いだろう。
だが、小娘は気丈にも平気そうな顔をしていた。
「ははっ、大丈夫なようだな」
今日はもう勘弁してやるか。
そう、思い。俺様は小娘から、別の標的を探しに戻ったのだ。
だが、どうにも気が乗らない。
ああ……朝余計な事を考えたから、憂鬱な気分が続いているのだろう。
仕方がないので、椅子に寝転がり、ゆっくりと過ごす。
今日の奴隷達は、運が良いものである。
「おい!貴様!何をしている!」
ほとんど寝かけた頃に、部下が騒ぎ出した。
うるさくて、目が覚めてしまった。少しイラっと来る。
だが、どうせ大したことではないのだろう。
俺様は寝転がったまま、そちらを見もしなかった。
「は、反乱だ!」
何を言っているんだ。そんなわけはないだろう。
仕方がないので体を起こすと、そこには変な奴がいた。
あれはピエロの仮面だ。
そして、そのすぐそばには、部下の魔族が倒れている。
一瞬、この俺様でも、思考停止するほどの事だった。
それほどあり得ないことだ。
そう、これは確かに――反乱だ。
まさかベナミスではないよな?
そう思い、ベナミスの方を見ると、ベナミスが全力で首を振っているのが見えた。
それはそうだ。あいつがこんなことをやるはずはないだろう。出来るはずがないだろう。
「貴様!何者だ!?」
部下が騒ぐ。
一体どこの馬鹿なのだろう。あんなふざけた仮面を被って。
だが、そんなことは死んでから考えればいい。
もう部下の魔族たちがピエロを囲んでいる、ここから生き残る事なんて出来ないだろう。
「逃げて!」
小娘の叫び声が聞こえた。
知り合いだろうか?それとも、ただの優しさだろうか?
だが、無意味だ。
部下たちの槍がピエロの体を貫いた。
もう奴は死んだ。
つまらんものである。
実は反乱は"初めて"だ。
それだけ、俺様が奴隷達を上手く扱っていたという事だろう。
だが、反乱はこれで終わり。
せめて、もう少し楽しませてほしいものである。
そう、思ったのだが。
ピエロは動いていた。
死んだはずなのに。
自分の腹を貫いた槍を掴んで、魔族を蹴り飛ばしたのだ。
何故死なないのだ。人間ではないのか?
俺様は混乱する。
だが、今、何より重要な事がある。
「貴様ら!何をしている!殺せ!」
殺してしまってから考えればいい。
だが、部下たちはあっさりと返り討ちにあってしまった。
残っているのは俺様だけだ。
だが、問題はない。
「ベナミスさん!僕たちも行きましょう!」
うるさい若造の声が聞こえる。ベナミスの近くにいた小僧だろう。
周りが静寂に包まれているから、丸聞こえだ。
あとで拷問してやろう。容赦はしない。殺す気でやってやる。
それとは逆にベナミスが何か喋っているのは聞こえたが、ボソボソとしていて何を言っているかまでは聞こえなかった。
ついでだからベナミスも拷問してやろう。こっちはもちろん死なない程度にな。
"だが"、まずはこいつだ。
このふざけた大馬鹿野郎だ。
「誰だかわからんが。命知らずな奴だ。ふざけたお面を被りやがって」
顔を見られたらマズいことでもあるのだろうか?だからと言ってあんなふざけたピエロの仮面をつける意味はあるのか?
だが、偽の魔族とはいえ、魔族をあっさりと殺したことで確信した。
こいつはここの奴隷ではない。
「だんまりか?俺をそこに転がってるゴミ共と同じだと思うなよ?」
敵と喋る方が馬鹿かもしれない。
いや、俺様は馬鹿ではないのだが……。
仮面で覆われた顔は、どんな表情をしているのかわからない。
だが、わらっっているんじゃないか?
そう思うと、腹が立ってきた。もういい。
「死ねえええええ」
俺様が本気で鞭を振るえば、人間は死ぬ。
簡単な構図だ。
だが、その構図は崩れた。
奴は鞭を躱したどころか、俺様を蹴り飛ばしやがったのだ。
目線は空だ。
青空の元、俺様の体は吹き飛び、ゴロゴロと地面を転がった。
口の中で懐かしい味がする。
これは血の味だ。
魔族の肌は紫色だが、魔族から出る血は、濃い青色とも、紫色とも取れる色だ。
頭からも出血しており、腕で拭った。
久しぶりに自分の血を見た。
急いで立ち上がると、ピエロはもう近くまで来ていた。
だいぶ遠くまで吹き飛ばされてしまったようで、ベナミス達は遠くだ。
「くらえ!」
再び、先ほどのように鞭を振るったのだが、ピエロには避けられてしまった。
糞!部下共はどうしたんだ!
周囲を見回したが、部下の偽物の魔族達は見当たらない。
「何かを探しているのかい?」
なんだ?
俺様は喋っていない。
という事は、ピエロが喋ったのだ。
「なんだあ急に?さっきまで話さなかったくせに」
「ちょっとね」
なんだか緊張感のない言い方だ。
「仲間なら来ないよ」
一拍置いた後、ピエロが言った。
見透かされている。
「なんでそんなことが言える?」
反論はしたが、予感がした。これは本当の事だと。
「僕が全員殺したから」
淡々とした声色だ。
だが、これだけの騒ぎになって、誰も来ないのだ。
それは本当の事なのだろう。
「あっ!一人残っていたかな」
最初に仲間を呼びに行った奴だろうが、そんなことはどうでもいい。
この場合、俺様が取るべき行動は一つだ。
俺様は、奴に背を向けて、全速力で逃げ出したのだ。