エニール・ミーンその8
彼に仮面を渡してから、更に数日が経った。
やっと傷も良くなり、いつもの日常が戻って来る。
朝になるとみんなを起こして、昼から夜まで奴隷として働いて、夜に彼と会う。
相も変わらない日々だ。
彼に会う以外は、奴隷になってから数年。一切変わることのない毎日だ。
それは、あたしが死ぬまで変わるはずのない日常だったんだ。
♦
陽射しがさして、あたしは目を覚ます。
そして、あたしはみんなを起こしに行くんだ。
「みんなおはよう!」
「おお。エニール元気になって良かったよ」
「本当になあ」
「もう無茶はせんでくれよ」
最近は何度も聞いた言葉だ。
もう良くなったのだし、心配しすぎだと思う。
それに、好きで無茶をしたわけではない。
どうしたって、無茶をしないといけない時だってあるんだ。
「うん!ありがとう!」
あ、こう言うときって「善処する」って言うんだっけ?
まあ、いいか。
「やあ、エニール」
そう声をかけてきたのはラエインだ。ベナミスさんや、ダオカンさんも一緒にいた。
ラエインは、最近生き生きとしている。
ベナミスさんに変なこと吹き込まれていないといいんだけど。
「ベナミスさん。あの時はありがとうございました」
でも、感謝は忘れない。
薬をくれたのは内緒だけど、ここまで運んでくれたのはベナミスさんだから大丈夫だろう。
それから、いつものようにナセじいと話して、魔族に連れていかれて、畑へと行くのだった。
♦
しばらく畑仕事をしていると、グザンがやって来た。
グザンがここに来るのは、あの事件の日以来だ。
「よう、48番。傷は良くなったか?」
グザンは、わざわざあたしに話しかけて来た。
グザンの口からは、いつも甘ったるい匂いがする。
「はい!もう大丈夫です!」
グザンは、「ふむっ」と口に手を当てると、
あたしの背中を手で"バチン"と叩いてきた。
鞭ほどではないけど、結構痛い。
だけど、あたしは痛くないふりをした。その方が早く終わるから。
「ははっ、大丈夫なようだな」
そう言って、グザンはあたしの元から去っていった。
ただ嫌がらせに来ただけだったのだろう。
別にグザンがいてもやることは変わらない。
特別機嫌が悪くなければ、誰かが少し鞭で打たれるだけなんだ。
それがナセじいなら、またあたしが庇えばいいんだ。
そんなことを考えながら黙々と仕事をこなしていた、その時だった。
「え?」
それは一瞬幻覚かと思った。
あたしは目をこすった。
でもそれは幻覚ではない。
近くではないけど、遠いという程ではない。
でも、まだ誰も気づいていない。
あたししか気づいていない。
"彼"がいたのだ。
それにこちらに向かって歩いて、近づいてきている。
「おい!貴様!何をしている!」
そう怒鳴った魔族が見ているのは、あたしだ。
あたしが、彼の方を見て、呆けているから怒鳴ったのだ。
だけど、あたしはそれどころではないのだ。
どうしたらいいのだろう。
何をしに来たのだろう。
今から止めて間に合うのだろうか?
あたしが混乱していると、魔族があたしを鞭で打つために近づいてきた。
そして、魔族があたしを鞭で打とうとしたのだけど、その振り上げられた鞭があたしに届くことはなかったのだ。
何故なら、それよりも早く、彼がその魔族を殴り飛ばしてしまったから。
一瞬の静寂が訪れる。
ここまで来ると、みんな彼の存在に気づいている。
そんな中で、彼がどんな表情をしているのかわからなかった。あたしが上げた、ピエロの仮面をつけているから。
「あ……」
あたしは声をかけようとしたんだけど、彼は何も言わずに、あたしから離れていったしまった。
「は、反乱だ!」
一人の魔族が声を上げて、仲間を呼びに行った。
「貴様!何者だ!?」
あたしだけではなく、魔族舘も混乱している。当たり前だろう。急に変な仮面をつけた人間がやってきたのだから。
畑には3人の魔族が残っていて、彼を取り囲んだ。
その魔族舘が持っているのは、鞭ではなく槍だ。
それはつまり――彼を殺す気ということである。
「逃げて!」
あたしは精一杯の想いを込めて叫んだ。
そうしたら彼は、あたしの方を振り向いた。
振り向いて"しまった"のだ。
その瞬間――彼の体は3本の槍で貫かれた。