グザンその4
いつも通り昼に起きて、飲み物を持ってこさせる。
コップが違う。
当たり前だ。自分で割ったのだから。
だが、腹が立ってきた。
今日も奴隷達をいびって、ストレスを発散させてもいいのだが。
……そろそろいいだろう。
「おい!12番を呼んで来い!」
これでいい。
あとは待つだけだ。
待っている間に、何を食べようか考える。
俺様は甘いものならなんでも好きである。
例えばゼリーもいいし、パイなんかもいいだろう。クッキーもいいかもしれない。
だが、今日は俺様が一番好きなものを作らせよう。
ショートケーキだ。
昔、人間の街を滅ぼしている時に、偶然口に入ったのがショートケーキだ。
初めて食べたその味に感動した。
人間を滅ぼすのをためらったくらいだ。
まあ、結局その街は滅ぼしたんだけどな。
それまでは、魔族の食べ物なんて粗末なものだった。みんな気にしていなかったし、俺様も気にしていなかった。そもそも魔族は、少ない食料でも長生きできた。
だが、俺様は知ってしまったのだ。
甘いものを知ってしまったのだ。
この国を滅ぼしたのは、その後のことだ。
この国は、お菓子の国と呼ばれていた。
食料を作ったり、保存する施設が揃っていたので、前線のモンスターの食料を確保するために、奴隷として人間を残すことに決まった時は、滅茶苦茶喜んだのだ。
魔族は人間と戦いたがる。だから後方支援となる、奴隷の管理なんて誰もやりたくなかった。
おかげで、俺様はすんなりと、この国の長となることが出来たというわけだ。
などと物思いに耽っていると、扉がノックされた。
ベナミスが来たのだろう。
待ちわびたぞ。
いや、あともう少し待たないといけないわけだ。
「来たか」
早くしろと怒鳴りたい気持ちはあるが、自分を押さえつける。
「今日は、何をご所望でしょうか?」
ベナミスは"わかっている"。
話が早いのはいいことだ。
「ふんっ!わかってるじゃないか。俺様のお気に入りを用意しろ」
「了解しました」
そう言うと、ベナミスはそそくさと扉から出て行ったのだった。
再び待つ形となる。
だが、待つのは嫌いではないのだ。
ベナミスを専属のコックにすることだって出来る。
ベナミスは、恐らく奴隷達の中で一番料理が上手いだろう。
だが、毎日旨いケーキを食べていたら飽きてしまう。
月に数度だけ、ベナミスに甘味を作らせる。
これが、一番いい食べ方なのだ。
しかし駄目だ。待ちきれない。
部屋の中をウロウロする。
ベナミスの厨房はすぐそこだ。
様子を見に行くことは容易い。
だが、待とう。
♦
外から音が聞こえる。
ケーキが完成したのだろう。
そして、扉が開かれて、ケーキが俺様の目に映りこんできた。
素晴らしい。
その一言しかでてこない。
「おお!今日のはまた一段とすごいじゃあないか」
「ありがとうございます」
素直に褒めてやることにする。
実際にいつもよりも気合が入っているように思う。
ベナミスのことだ。俺様の機嫌が悪いのを見越して、気合を入れて作ったのだろう。
俺様はそのケーキを机の横に置かせると、ケーキを食べ始めた。
見た目だけなく、味も極上である。
流石は、元この城のコック長と言ったところだろう。
「ふうううう。こうやってお前のケーキを食べていると、お前と会ったばかりの頃を思い出すぞ。お前もそうだろ?ベナミスぅ?」
「そうですね」
本当に旨い。
やはり、他の奴隷に作らせたものとは、全く違う。
このケーキを食べるために、長く待ったかいがあったと言うものだ。
量も凄いのでいくら食べても中々無くならない。
だから、俺様は次から次へとケーキを口に運んでいく。
「このケーキを食べていると、いつも思うよ。あの時、偶然選んだのが、お前で良かったと」
偶然とは少し違う。だが、偶然なのだ。
あの時――。
そう。あの時の事である。
昔の話だ。
あれは、この国を治めだしてすぐの事。
いや、もっと前の事からだ。
まず、俺様は頭がいい。
魔王軍の中でも頭脳派なのである。
だから、暇なときは、その辺から拾って来た、人間の書いた本を読んでいたのだ。
時間は無限とも思える程あった。
何故なら、魔王様が敗北して、人間に見つからない様に、潜伏して反撃の機会を伺っていたからだ。
そんなに熱心に、人間の本を読む魔族はいなかった。俺と、あいつ――そう、新魔王と、他数名程度だ。
だから、みんな人間を"解っていなさすぎる"。だから、みんな人間を扱うのが下手なのだ。
人間を学び、俺様が考えたのが、飴と鞭と言うわけだ。
そして、それから魔族の反撃が始まり、俺様はこの国を治めることになったのだが。
人間にどうやって飴を与えるかが、俺様の中で課題だった。
鞭は勝手に新しく作られた、偽魔族たちが与えるだろう。
そこで、俺様は革命軍を作ることに決めたのだ。
人間どもに革命軍ごっこをさせて置けば、中途半端に希望を抱いて、よく働くだろうと考えたわけだ。
そうなると、問題はどうやって作るかだ。
俺様が率先して作るわけにはいかない。当たり前だ。
だから、奴隷達の中から革命軍のリーダーになりそうなやつを探したのだ。
そして、このベナミスを見つけたと言うわけだ。
もちろんベナミスを選んだのには理由がある。
奴隷の中で一番強そうなだったからだ。
体が大きいし、体格もがっしりしている。それに顔つきもいい。
だから、ベナミスが選ばれたのは偶然ではないのだ。
そして、俺様はベナミスを"拷問"した。
人を従わせるには、恐怖で縛ればいい。
あの時の事は、今でも目に浮かぶように思い出せるのだ。