ベナミス・デミライト・キングその6
誰にだって秘密がある。
そして、俺には人には知られてはいけない、3つの秘密があるのだ。
今日も、陽射しが強い。畑仕事をしているだけの俺にだってきついのだ。エニールには辛いだろう。
エニールに渡した薬は、グザンからもらったものだが、どれくらい効くのかわからない。だが、たいしたものではないだろう。
せめて、今日だけは、ナセじいが倒れないといいのだが。
「おい!12番はいるか?」
魔族から俺に声がかかる。
俺は、やっぱりと思った。
今日は呼び出されると思っていた。
昨日は、グザンの機嫌が悪そうだったからな。
「はい。ただいま参ります」
そう言って、俺はいつも通りグザンの元へと向かうのだった。
♦
「来たか」
グザンは、まだ機嫌が悪そうだった。
「今日は、何をご所望でしょうか?」
なるべくグザンを刺激しない様に、早めに"本題"へと入った。
いまだけ、やり過ごせばいいのだ。
このあとグザンの"機嫌は良くなる"のだから。
「ふんっ!わかってるじゃないか。俺様のお気に入りを用意しろ」
「了解しました」
まるで通じ合ってるかのようなやり取りだ。嫌なものである。
俺は、礼をして部屋を出ると、外の魔族に連れられ、"ある部屋"へ向かった。
「入れ」
その部屋はグザンの部屋から、そう遠くない場所にある。
その部屋の前で立ち止まると、俺だけに入るように、魔族に促される。
これは"いつものこと"だ。
そして、部屋に入ると、俺はいつも通り準備をする。
"ケーキ作り"の準備をするのだ。
俺、ベナミス・デミライト・キングは"コック"である。
奴隷になってからコックになったのではない。
元々コックである。
これが、誰にも喋れない"3つ目の秘密"だ。
勝手に元軍団長なんていう肩書にされてしまったが、否定が出来ない。出来ない理由があるのだ。
誰かが言ったそうだ。
俺が王子の側にいるのを見たことがあると。
それはそうだ。城のコック長だったからな俺は。
王子の側にいたことは何回もある。
一緒にケーキを作ったことだってある。
だが、俺はただのコックなのである。
そんな俺の特技は、ケーキ作りだ。この国の人間は、全員ケーキを作るのが得意なのだけど、その中でも俺が一番上手かったのだ。
そして、グザンは甘いものが好きだ。この国もいる誰よりも、甘いもの好きだろう。
だから、グザンは特別な時に、俺の作ったケーキを食べるのだ。
毎日食べるのは良くないと言っていた。それは飽きてしまうから。グザンは、何事も我慢をした方が旨いのだという。
それはそうだが、まるで人間のような事をいうものである。
この部屋は、俺のためだけに作られた厨房だ。
ここには監視の魔族は置かれない。
その代わり、この部屋で、最高の甘味を作れと言われたのだ。
監視がいないから、"本来であれば"やりたい放題である。
食材を食べることだってできるし、逃げることだってできるかもしれない。毒を盛ってやる事だって出来る。いや、毒くらいでは死なないんだが。
だが、全部やらない。
別にそこに理由はない。
強いて言うなら、今この場にいる間だけが、"コックのベナミス"でいられるからだろう。
「よしできた」
渾身の出来である。
グザンの奴は、今日は特別機嫌が悪いからな。
まるで結婚式に使われるような、驚くほど背の高い、ショートケーキを作り上げた。
ケーキを低い台車に乗せて、部屋から出す。
扉の高さスレスレである。
だが、そこもちゃんと計算して作ってあるのだ。
きっちりと扉を通ったケーキに、ニンマリとしてしまう。
グザンの部屋とこの部屋が近いのは、そう作られたからだ。
俺の作ったものが、すぐ食べられるようにな。
「失礼いたします」
グザンは、扉から現れたケーキに、目を輝かせた。
こんなやつでも、食べさせるために作ったケーキを喜ばれるのは、嬉しく感じてしまう自分が嫌だ。
「おお!今日のはまた一段とすごいじゃあないか」
「ありがとうございます」
もうこの時点で、グザンの機嫌は、"いい"方向に向いているだろう。
あとは、この機嫌がいいグザンの話を、適当に聞き流せばいいだけだ。
「ふうううう。こうやってお前のケーキを食べていると、お前と会ったばかりの頃を思い出すぞ。お前もそうだろ?ベナミスぅ?」
「そうですね」
嘘だ。
思い出したくもない記憶だ。
あんなこと、もう二度と"思い出したくない"。
「このケーキを食べていると、いつも思うよ。あの時、偶然選んだのが、お前で良かったと」
「ありがとうございます」
あの時、偶然選んだのが俺でなければ、こんなことにはならなかった。
そして、グザンは急に喋らなくなった。
よくあることだ。甘味を食べている時、グザンはゆっくり食べながら、ゆっくり話す。
時折、目を瞑っていたりするほどだ。
俺は、そんなグザンの前で、それが終わるまで立っているだけだ。
「ふぅむ……どうだ?お前も食うか?」
「いえ、私は味見したので」
「そうか」
いつと違って、特にネチネチと追及してこない。
待っているのは暇だが、この状態の時のグザンの相手は楽なものだ。
そして、いつしかグザンはケーキを食べ終え、俺は畑仕事へ帰されるのだった。
♦
仕事が終わり、夜になる。
今日は半分くらい立っていただけだから、いつもより楽なものだ。
「ベナミス!おーい!」
ダオカンの声が聞こえる。
今日は俺も機嫌がいい。どんな話だって良い顔で聞けそうである。
「どうかしたのか?」
ラエインだ。
昨日の事をまだ引き摺っているのだろう。何か変なことをしないといいが……。
「おう。ラエインがよ。剣を教えて欲しいんだと」
ダオカンは知らない。俺がコックであることを。
「お願いします!ベナミスさん!」
ラエインは知らない。俺がコックであることを。
「お、おう……」
だから、そんなに頭を下げられても困るのだ。
「やっぱり、駄目でしょうか?」
そんな顔で見られても困る。
俺は剣なんて一度だって握ったことないのだ。
だけど、よく考えたら、城の兵士が訓練しているのは、何度か見たことがある。
だから、まあ、なんとか……なるか?
「いや……いいぞ」
つい、そう言ってしまった。
いや、打算だってあるのだ。
まず、ラエインと言う若者の、空回りしている気持ちを発散させるのにはちょうどいい。
次に、どうせ革命など起きないのだ。間違った教え方でも問題はない。
「ただし、少しだけな。魔族に見つかったら大変だから。少ししたらラエインも寝るんだぞ」
釘だけは差しとかないとな。
「よし、じゃあ構えて見ろ」
そう偉そうに言った俺は、構え方なんて知らないんだけどな。
まあ、なんとかなるだろう。