ラエイン・ノステルその6
誰にだって後悔はある。
僕の後悔は今だ。
あの時、勇気を出せなかった後悔が。
昨日はベナミスさんに慰められて、気持ちを持ち直したけど。
昨日の夜は、やっぱり色々考えてしまって寝付けなかったし、朝になっても気分はモヤモヤしたままだ。
もうすぐ仕事の時間だけど、エニールは起きてこない。当たり前だ。本当なら傷が痛んで動けない程だろう。
呼びに行った方がいいだろうかと、ソワソワしていたけど、ギリギリになってエニールとナセじいはテントから出てきたのだった。
僕は何故だか、ホッとしてしまう。
仕事場では、出来ればエニールやナセじいを手伝いたいのだけど、持ち場が決まっていて、離れると鞭が飛んでくる。
だからいつも通りに働くしかないんだ。
エニールは辛そうにしてるけど、頑張っている。
僕は……。
僕には……今、何が出来るんだろう?
無心で仕事をする。
今日は野菜を盗んでいく気にもならない。
ベナミスさんが、また魔族に呼ばれてどこかに連れていかれた。
たまにある。いつもの事なのだろうけど。昨日の事があると、鞭打ちに連れていかれたんではないかと心配になってしまう。
ベナミスさんは長い間帰ってこなかったけど、平気そうな顔をして帰って来たので、鞭に打たれたわけではなさそうだ。
そうして今日も仕事が終わった。
♦
「あのダオカンさん」
テントに戻ると僕はダオカンさんに話しかけた。
ずっと考えていたのだ。
今、僕に出来ることを。
「どうした?ラエイン?昨日は大変だっただろう。しばらくは魔族を刺激しない方がいいな」
それは革命軍の"仕事"の話だろう。
その話ではない。
「疲れているところ申し訳ないんですけど……」
こんなこと頼むべきではないのだろう。
「僕に剣の扱い方を教えてください」
子供の時は勇者に憧れて、剣の修行もした。
でも、奴隷になってからは、"めっきり"やらなくなっていた。それは奴隷としての仕事が終わったら。もうそんな気力もなくなっていたからだ。それに、当然だけど、ここには剣なんてないし、代わりに、その辺に落ちている棒で特訓しようと思っている。
でも、ベナミスさんだって言っていたのだ。今は力を蓄える時だと。
エニールを助けられなかったのだって、"そう"だ。心の弱さは、体の弱さからくるんだ。
せめて、今は革命のために力をつけないといけない。
もちろん一人でやるべきだろう。ダオカンさんだって疲れているのだし。
でも、ちゃんとした剣の振り方なんて知らないし、"歴戦の戦士"である革命軍の人たちに教えてもらえるに越したことはない。
だから、
「少しだけでもいいんです。あとは自分で頑張ります」
そう、お願いするのだ。
「う、うーん……ベナミスじゃ駄目なのか?」
「駄目ではないですけど……」
僕は歯切れの悪い答えをしてしまう。
そんな答え方をした、理由は二つある。
もちろんベナミスさんに教えてもらるなら、それ以上の事はない。
なんて言ったって、ベナミスさんは元"軍団長"なのだから。
だけどちょっと……自信がないのだ。僕なんて、子供の時に剣を振る遊びをしていた程度なのだから。
それに、ベナミスさんだって忙しいし、疲れているだろう。今日だって一人だけ魔族に連れていかれて、別の"大変な仕事"をさせられていたのだから。
だから、まずはダオカンさんに頼みに来たのだ。
「おっ!ベナミスだ!おーい!」
「ちょっと待ってください!」
僕はダオカンさんを咄嗟に制止したのだけど。間に合わなかった。ベナミスさんが来てしまう。
「どうかしたのか?」
「おう。ラエインがよ。剣を教えて欲しいんだと」
ダオカンさんに話した時点で、こうなることは予測しておくべきだったのかもしれない。
だけど、こうなったら仕方がないだろう。
「お願いします!ベナミスさん!」
思いっきり頭を下げた。
「お、おう……」
チラリとベナミスさんの顔を見ると、とても困った顔をしている。
「やっぱり、駄目でしょうか?」
そう言うと、ベナミスさんは、今度は顎に手を当てて、考え込むような仕草をしたのだ。
「いや……いいぞ」
「本当ですか?ありがとうございます!」
ダオカンさんに「良かったな」と肩を叩かれた。
嬉しいけど、複雑なんだけどな。
「ただし、少しだけな。魔族に見つかったら大変だから。少ししたらラエインも寝るんだぞ」
一人で残ってやるつもりだったのだけど。そう言われたら仕方がない。
ベナミスさんも次の日を良く考えているのだろう。
「よし、じゃあ構えて見ろ」
そう言われて、僕は緊張しながら、棒を剣に見立てて構える。
ベナミスさんに教えてもらえば、僕だって達人になれるはずだ。
教える人が達人なのだから。
そうして、夜は更けていった。