ジェミリオンその1
俺は動かない。
いつ周囲を見渡しても、とても暗い暗闇の中にある、大量の同胞の死体しか目に入らない。
そして、それは酷い匂いを放っていた。
まともな生き物であるなら、こんな所にいたいとは思わないだろう。
もっとも、死体に群がる、蠅や蛆といった虫は多いが。
だが、俺は動かない。
まるで、同胞の死体と同じように、死体の上に無捜査に転がっているのだ。
誰に命令されたわけでもなく、ただ自分の意思でそうしているのだ。
そして、ここは静かだ。
もう何年も、誰もここには訪れていない。
新しい同胞の死体は、今は別の所へと捨てられている。
だから、誰も好き好んでこんな所には来ないし、ここに留まるものもいないのだ。
それはとても、俺にとって都合がいい。何も考えずに済むのだから。
「酷いなここは、死体ばかりだ」
しかし、その静寂はあっさりと破られる。
声と言うものを、もう長い事聞いていないが、なんと呑気な声だろうか。
そして、同時に驚く、声が聞こえる距離まで近づいてきた生き物を、自分が察知できなかったことに。
俺は急いでその声がした方を見る。
すると、目が合ってしまったのだ。その声の元になる人物と。
それは、人間のような見た目をしていて、妙な仮面を被っていた。
だが、こんな場所に人間がいるはずはないのだ。
何故ならここは、魔王城なのだから。
「ああ、君は生きているんだね」
その人間は、そんな呑気な声を出した。
いや、本当に人間だろうか?
この場で、こんな呑気な事を言える人間がいるとは思えない。それに、こいつからは"人間の匂い"だってしないのだ。
「おーい。聞いているのかい?」
そいつは、そんなことを言いながら、俺の瞳を覗き込む。
ああ、もしかしたら幻なのかもしれない。
俺はずっと、人間に殺されたかったのだから。
これも、罰なのかもしれない。
「アア、キイテイル」
凄く久しぶりに声をだした。
誰も来ないという事は、喋る必要だってないのだ。
もうどれだけの間、声をだしていなかったのかわからない。
だが、"正常に"声を出せた。
俺の体は、もう普通には話せない。
「こんなところで何をしているんだい?」
それはこちらが聞きたい。
「ナニモシテイナイ。オマエハダレダ」
俺が聞くと、相手はくるくると回りだした。なんの意味があるのかはわからない。
そして、いつしか回り終えると、礼をして言った。
「僕はピエロだよ。ピエロの仮面をしているからピエロなんだ。この世界で踊らされる道化師だからピエロなんだ。滑稽な生き物だからピエロなんだ」
全く何を言いたいのかわからないが、この生き物はピエロと言うらしい。
「オマエハニンゲンカ?」
「その質問には答えづらいね、でも僕は人間だよ」
何故わざわざこんな意味のわからない言い回しをするのかわからないが、自称人間らしい。
「ところで、ここは静かでいい場所だね」
人間だというのならば、これほど"いい場所"とはかけ離れているところはないだろう。
「僕もしばらくここにいていいかな?」
だが、何故かピエロはそんなことを言った。
「スキニシロ」
それでも、それは俺には関係ない。
「そうかい、ありがとう」
そして、ピエロは勝手に俺の近くに座り込んだったのだった。