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オージェリン・エイレストその12

 モルディエヌスの母親が"死んだ日"モルディエヌスは狂ってしまった。

 モルディエヌスは、母の死体を前に、母と語っていたのだ。

 私は初めてそれを見た時、戸惑い、しかし、それを"見て見ぬふり"をした。

 つまり、私もお義母様は生きているという事にしたのだ。


 理由は二つあった。

 一つ目が、あの時点でモルディエヌスがいなくなるわけにはいかなかった。

 まだ、モルディエヌスが王になったばかりで、あの時点でモルディエヌスがいなくなっては、国がどうなるかわからなかった。


 そして、二つ目はモルディエヌスが正気だったからである。

 そして、もちろん狂ってはいる。

 矛盾はしているが、それは同時に存在していたのだ。


 モルディエヌスは、お義母様の療養所に決して誰も通さないように命令を出していた。

 お義母様の死体が誰にも見つからない様にである。

 つまり、モルディエヌスはお義母様が死んでいる事に気が付いていたのである。

 だから、モルディエヌスは"自分にしか聞こえない母の声"を、わざわざ私に復唱しているようなことも多かった。

 狂ってはいる。だが、心の一部は正常だったのだろう。

 

 そして、私の考え通り、モルディエヌスは狂っていながらも、王としての責務はきっちりと果たし続けた。

 だが、段々とモルディエヌスは母の死体がある療養所から出なくなっていった。

 母の死を認めてはいないが、認めているのだろう。誰かに母の死体が見つかるのが怖いのだ。

 私が、療養所に行きたくないのは、単純に死体が腐って酷い匂いを出しているからである。それに、狂ったモルディエヌスを見るのは嫌なのだ。

 

 しかし、モルディエヌスがそんな有様なおかげで、私が実質的に国の実権を握っているとも言える状態になったし、アジェーレ王国の後ろ盾も出来た。さらに、魔王軍も虫の息である。

 もうモルディエヌスはいらなくなったのだ。

 だから、私はモルディエヌスを毒殺しようとした。

 だが、どうにもうまくいかない。

 

 それならば、最後の幕を降ろしに行かなければならないだろう。


 

     ♦



 

「あなたの母様は――死んでいるのよ!」


 そして私は、その事実をモルディエヌスへと突きつけた。


「あああああああ!」


 モルディエヌスは錯乱し、私へと襲い掛かって来た。

 私は――


 その時、上から誰かが落ちて来て、私の前へと立ち塞がった。

 そのため、振り下ろされたモルディエヌスの剣は、その者に"深く刺さる"。

 

「は?」


 あまりにも予想外の事に、私は困惑の声を上げるしかなかった。

 降って来たその誰かは、私から見ると、背中しか見えず、一体誰かもわからない。

 しかし、肩から胸の辺りにかけて、深々と刺さった剣を見れば、即死なのは間違いないだろう。


「何故だ!何故邪魔をするのだ!」


 だが、当のモルディエヌスは、そう叫んだ。

 まるで驚いていないようである。


「二人とも落ち着きなよ」


 そして、私は更に驚くこととなる。

 今聞こえた呑気な声は、この目の前の死んだと思った人物から発せられたからである。


「これが落ち着いていられるか!こやつは暴いてはいけない事を暴いたのだ!」

「そうだね。だけど、君はそろそろ夢から覚めないといけないんだ」

「夢、夢だと?そんなことは……そんなことは!」


 モルディエヌスが剣から手を離すと、剣は目の前の奴の体から"ずるりと抜けて"、床に大きな音を立てた。


「わかっていたのだ……」


 そして、モルディエヌスは泣きながら力なく体ごと崩れ落ちた。


 しかし、私はというと、ずっとあっけにとられていたとしか言いようがない。

 当然のように、私の目の前で繰り広げられた問答により、どう見ても死んでいなければいけないのに生きている謎の人物に、勝手に崩れ落ちたモルディエヌスである。

 

「君も落ち着いたかい?」


 私の前に立ち塞がっていたそいつは、振り返り私にも話しかけてくる。

 だが、その顔にはピエロの仮面がつけられており、更に体にはしっかりと深い傷が刻まれており、血だって流れている。


「あ、ああ」


 あまりの事に、落ち着くというよりは困惑するしかなかった。


「待て、何故だ……何故……そいつと会話出来ているのだオージェリン……」


 モルディエヌスは膝をついたまま、そんなことを言った。

 なんのことか全くわからないし、色々と聞きたいのはこちらである。


「何故ってそれは……」

「それは僕が答えよう」


 目の前のピエロが再び優雅に振り向きながら答えた。

 体の動きは優雅でも、血が床へと飛び散る。


「実は、僕も最初は意外な展開に驚いたんだ。でも、すぐに気づいた。君は、僕を、君の母様と同じような自分が作り出した幻だと思ったのだろう?」

「ああ、そうだ。そうでなければ説明がつかない。私の代わりに、私が作り出した幻が、私にだけ都合のいいことをいい、私の代わりに行動をしていた。そう思っていた。だが、違ったのだな……」

「そうだね。僕はただの君の――友人なんだ」

「そうか……だが、もうどうでもいい。どうでもいいのだ……」


 一体私は何を見せられているのかわからない。

 だが、私の目の前で、モルディエヌスは涙を流し、力なくうなだれている。

 そして、ピエロは私の方を向く。その表情は仮面で隠されており、読み取ることは出来ない。だが、まるで私に何かを期待しているようである。


「はぁ……」


 私は諦めたように溜息をつき、モルディエヌスへ近づいた。

 そして、彼の体を抱きしめる。


「モルディ。しっかりなさい」


 そして、厳しい声をかける。私は昔から優しくないのだ。


「オージェリン……」


 モルディエヌスは顔を上げない。

 私の中でうずくまっているのだ。


「お義母様は死んだの」

「わかっている、わかっているのだ……」


 モルディエヌスは下を向いたままだ。


「私が殺した」

「それもわかっている……」


 これでもモルディエヌスは怒らない。


「あなたも殺そうとしたわ」

「今からでも遅くはない。私を母様の元へ送ってくれ」


 モルディエヌスは全てを諦めているのだろう。

 本当にしょうがない子だ。


「いいえ、もう私はあなたを殺さないわ」

「何故だ……」

「あなたが必要だからよ」


 そう言った瞬間、私の目から涙がこぼれた。

 何故かはわからない。

 しかし、涙が止まらないのだ。

 

 その涙が、モルディエヌスへと垂れ、やっとモルディエヌスは顔を上げた。


「オージェリン……」

「モルディ……」


 いつの間にかピエロは消えていた。本当に幻ではなかったのだろうか?

 しかし、そんなことはどうでもいい。


 私達二人は、そのままずっと抱きしめあったのだ。

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