オージェリン・エイレストその11
私はずっと機会を窺っていた。
そして、私の娘がアジェーレ王国へと嫁ぎ、アジェーレ王国の後ろ盾を得た今が好機であろう。
だから私は、事前に用意してあった、毒の入った酒を手に、モルディエヌスの元へと向かう。
そう、私はモルディエヌスに毒を盛る機会をずっと窺っていたのである。
♦
モルディエヌスの元へと着いた私は、まずは普通に報告をする。
「アジェーレ軍と我が軍が魔王軍の第9軍団を破ったそうよ」
それはつまり、魔王軍から人間の領土を取り返せる事を意味する。
「では、そのまま土地を取り返すとしよう」
もちろん、言われなくてもそうする。
ただ、王の命令というのは必要である。
「ええ、解放した領土はアジェーレ王国と半分づつ分けることになるわ」
アジェーレ王国が魔王軍にさえ負けていれば、全てエイレスト王国のものに出来たのに……そうそう都合よくはいかないものである。
だが、考えようによっては、面倒な人類の復興も半分は押し付けることが出来るわけだし、アジェーレ王国ももはや我々とは切れない関係となった。
だから、まあ、それはいいだろう。
少し考え込んでしまったが、モルディエヌスは返事をしただろうか?
聞いていなかったが、したような気がするし、モルディエヌスが何を言おうとやることに変わりはない。
「では、そういう事で進めておきます……」
だから適当に返事をして、話を終わらせた。
そもそも、ここまではどうでもいいのだ。
今日来たのは、ここからが重要なのである。
「ねぇ、モルディ。最近私達対立ばかりしているわよね?」
私はモルディエヌスの元へと歩いて行き、体をモルディエヌスへと押し付け、手で体を撫でまわす。
最近の態度を考えれば、多少不自然ではあろうが構わない。
「ああ、急にどうしたのだ?」
やはり不信に思われてしまった。
「対立ばかりしていてもなんだし、たまには仲良くしようと思っただけですわ……」
だが、そう言われるだろうと思い、最初から言い訳は考えてあるし、続く言葉も考えてある。
「良いお酒が手に入ったのです。とりあえずこれでも飲みましょう」
そう言って、私は袋から毒入りの酒を取り出す。
そして、モルディエヌスと、"私"と、"一応"お義母様の分も杯に注いだ。
即効性のある毒ではないし、弱い毒である。
すぐに殺すことも可能だが、急ぐ必要もないし、そもそもすぐに死なれるのは困る。
魔王の討伐が終わってからでいいのだ。
お父様や、お義母様、お兄様のように、ゆっくりと病で死んでいってもらえばいいのである。
「ああ、すまないな」
モルディエヌスは"疑いもせず"に、杯を手に取った。
まずは私から飲もうと思う。多少飲んだところで問題のある毒ではないし、部屋に戻ったら中和する薬を飲む予定でもある。
だが、モルディエヌスは何故か杯を机へと置いた。
「すまないオージェリン。後でいただくよ。まだ公務が残っているんだ。酔うわけにはいかない」
そして、そう言って、私を押しのける。
モルディエヌスに――いや、男に体を寄せて、押しのけられたのはこれが初めてである。
少なからず衝撃を受けてしまう。
「そうですね。ごめんなさい、あなた」
だが、すぐに気を取り直した。
そして、別に焦る必要はないのである。
「ああ、公務に戻るといい」
「それでは、また来ます」
だから、私はモルディエヌスが酒を飲んだかを見届けずに大人しくその場を去った。
毒入れの酒は置いてきたが、少量であるから調べられてもいくらでも言い訳は効く。
これからゆっくりと時間をかけて行けばいいだけの事である。
♦
そして、私はそれからモルディエヌスの元を訪ねるたびに、飲み物や果物、自分で作った料理など、怪しまれない様に全く関係のないものをモルディエヌスへと届け続けた。
だが、モルディエヌスは私の前でそれを食べる事はなかった。
きっと気付かれているのだろう。
しかし、不思議な事に、他のものはともかく、私の作った料理などはまるで食べた後の様な容器を返してくるのであった。
私の作ったものだからだろうか、もしくは本当に一人になってから全部食べているのだろうか?それならば、何故私の前では食べないのか……。
まったく私にはわからないのだ。