モルディエヌス・エイレストその12
エイレスト王国とアジェーレ王国の婚約の祝いの宴も問題なく終わり、しかし更に嬉しい報せが入って来る。
「アジェーレ軍と我が軍が魔王軍の第9軍団を破ったそうよ」
ここに報せを持ってくるのはオージェリンだけである。良い報せを持ってきているというのに、ここに来るときは必ず浮かない顔である。
だがその反面、私は機嫌がいい。それは、良い報せを聞いているからではないが。
「それでは、そのまま魔王領を進み、奴隷を開放しましょう」
母様が言った。素晴らしい考えである。
「では、そのまま土地を取り返すとしよう」
「ええ、解放した領土はアジェーレ王国と半分づつ分けることになるわ」
アジェーレ王国が健在な以上仕方がないだろう。
「それは、仕方がありませんね」
母様だってこう言っている。
「では、そういう事で進めておきます……」
これで話は終わりだろう。
いつも通り、オージェリンはこのまま出て行くはずである。
「オージェリン?まだ何かあるのですか?」
だが、オージェリンは何故か出て行かない。
「ねぇ、モルディ。最近私達対立ばかりしているわよね?」
それどころか、珍しく部屋の奥の私のところまで来て、体を摺り寄せて来た。
まあ夫婦ではあるのだし、変な光景ではない。
「ああ、急にどうしたのだ?」
「対立ばかりしていてもなんだし、たまには仲良くしようと思っただけですわ……」
仲良くというのは、そういう意味だろうか?
だが、もう子供はたくさん作ったし、母様に子供を増やそうとは言われていない。
確かにオージェリンは美女だが、私は今はそんな気分にはなれないのだ。
それに、母様だっているのだ。
「良いお酒が手に入ったのです。とりあえずこれでも飲みましょう」
そう言ってオージェリンは、手持ちの袋から酒と杯を出した。
そして、3つの杯を並べて注いでいく。
「ああ、すまないな」
私はオージェリンから杯を受け取り、オージェリンは自分の分と母様の分を置いて行く。
「モルディ」
しかし、母様の私の名を呼ぶ声だけが聞こえた。
だから、私は手に取った杯を机に置く。
「すまないオージェリン。後でいただくよ。まだ公務が残っているんだ。酔うわけにはいかない」
更に、寄り添うオージェリンをやんわりと押しのけた。
当のオージェリンは、特に抵抗なくそれを受け入れる。
「そうですね。ごめんなさい、あなた」
最近では見なくなった、昔は良く見たしおらしいオージェリンである。
だが、罪悪感は感じない。
「ああ、公務に戻るといい」
私がそう言うと、オージェリンは私の元を離れて行く。
「それでは、また来ます」
そしてそう言って、この場を去っていった。
残されたのは、私と母様と、杯に入った酒だけである。
「よっと」
そして、機を見計らったかの如く、この部屋に闖入者が現れた。
「おお!待っていたぞ!久しいな!」
「ええ、もっと頻繁に来ても良いのですよ」
私達はその闖入者を"歓迎"した。
その闖入者は、ピエロの恰好をしたあいつである。
「え……」
ピエロはとても驚いたような声を出した。
それはそうだろう。最後に来た時と私達の態度が全く違うのだから。
だが、私は"気が付いてしまった"のだ。
"それ"ならば、最初にピエロが母様を美しいと言っていたことも、オージェリンがいない時にだけ出てくる辻褄もあうのだから。
「これはどうも。なんだか今日は歓迎されているようだね」
ピエロは驚きながらも、すぐに切り替えてそう言った。
「ああ、そうだね。これからはいつ来てもいいんだ」
「いつでも来れますものね」
私達は口々にそう言う。
「はぁ……あっ!せっかく歓迎してくれるのだったら、このお酒いただいてもいいかな?」
「いや!それは――」
聞いた問いに対して、私はつい大声を出してしまう。
だが、考え直す。
「あ、ああ、構わない」
私が許可を出すと、ピエロは瓶も杯も全てを取ると、それを持って後ろを向いた。
そして、そのまま、全ての酒を一気に全部飲み干してしまったようだった。
「ふぅ……」
振り返ったピエロは、当たり前だが、しっかりとピエロの仮面をつけていた。
「さぁ、今日はなんの話をしに来たんだ」
私は意気揚々と聞く。
やはり、ピエロは訝しんでいるようだが、もうそんな事はどうだっていいのだ。
「もう用は済んでしまったのだけど……そうだね。僕はお喋りだからね」
そして、ピエロは続ける。
「オージェリン王妃との出会いでも聞こうかな?」
よりによってその話かと思う。
わかっていて聞いているのだろうが、どういう"内面"でそういうことになるのかはわからない。
「そうだな――」
だが、私はそれを話してやる。
その日はオージェリンの話をしてやると、ピエロは満足したのか帰って行った。
ピエロはそれからも私の元へと何度も来た。
そして、その度、オージェリンが持ってきたものを食べた後、私の話を聞くのだった……。