ゼンドリック・エイレストその12
アジェーレ王国に着いてから休むことなく戦って来たが、今日初めて休みとなった。
理由は、まあウィグランド王の婚約の宴だからである。
休みってのは嬉しいが、実は戦線の方がいい所だったので、ちょっと惜しいという気持ちはある。
もう少しで、魔王軍の第9軍団を破れそうなのである。
ここで破ることが出来れば、今は余力があるのだし、きっと奪われた領土を奪い返し、魔族の奴隷にされている奴等を解放出来るはずだ。
しかし、休むのも重要ではある。
今日くらいは宴に乗じて休む事にしようと思う。
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宴には見知った顔も多かった。
本国でのうのうと暮らしている貴族共である。
一応俺も王族と言うわけで、だいたいの奴の名前もわかるし、仲がいい奴も悪い奴もいる。
だが、わざわざ挨拶しにはいかない。
俺には部下の子守りがあるからな。
「これ美味しいよ!」
「こら!祝いの席なんだから、綺麗に食べなさい!」
「そうだね。この僕のようにね」
「ちょ、ちょっとみんな声が大きいよ」
こいつらを放っておくと、何をしでかすかわかったものではないからな。
というか、他の奴はともかくとして、貴族出身のエスメリイは貴族同士の付き合いくらいありそうなものだが、俺達が占領している席から離れようともしない。
ふと、ウィグランド王の方を見ると、我が国の貴族に囲まれていた。
あれは大変であろう。
「隊長?ウィグランド王に挨拶してきたいのですか?」
そういうわけではないが、一言くらいは祝いの言葉をかけたいのは確かだ。
「ああ、まあな」
「でしたら、私がティルネ達を見張っておきますから、行ってきていいですよ」
それは助かる。
優秀な副官を持っていて俺は幸せである。
でも、リリッチも要注意人物の一端ではあるからな?
と言う言葉は、俺の腹の中で消化しておく。
「ありがとよ。じゃあ行ってくるよ」
まあ、少しくらいなら大丈夫だろう。
そう思い、俺はその場を離れて、ウィグランド王の前に出来ている行列へと向かった。
そして、少しの時間を待つと、俺の番が回って来る。
「ウィグランド王!ご婚約おめでとうございます!」
よくよく考えると、これで俺とウィグランド王は親戚という事になる。
なんだか凄い事である。
「ありがとう」
そう答えたウィグランド王は、どこか疲れているようだった。
まあ、何度も同じ受け答えをしているのだろう。
「ゼンドリック殿も結婚が決まりましたら、是非呼んでください。必ず駆け付けますので」
確かに、俺ももう結婚していなければおかしいような年齢ではある。
だが、国を放り出して一人で旅したり、魔王軍と戦ったりと、女性と仲良くなる機会すらあまりなかった。
「いやあ、私は相手がいませんから。まだまだですな」
と言っても、王族である以上、昔はよくお見合いもさせられたし、貴族の女性に誘惑されることはある。
だが、深い仲になる者はいなかった。
「そうですか?副官の女性なんかとは仲が良いように見えますが?」
副官と言うとリリッチの事だが……そうだろうか?
確かに女性の中ではリリッチかティルネが一番仲が良いかもしれない。
しかし、二人とも10歳以上年齢が離れているから、どれかというと妹のようなものである。
「ええ、あいつですか?いやあ、歳が結構離れてますからねぇ……あっ!」
言ってから気付いてしまった。
ウィグランド王はもっと歳の離れた結婚をするということに。
「いや、良い」
しまったなぁ……という感じである。
「それでは、後ろがつかえているので、この辺りで失礼します」
だから、俺は体よくそう言って逃げたのだった。
いや、実際に少しだけ話すつもりが、話し込み過ぎてしまったし、主役であるウィグランド王と話したい人間はたくさんいるのだ。
そして、俺は自分達の席へと戻って来る。
「あ!隊長だー!」
そう言って抱き着いてきたのは、ティルネ……ではなく、リリッチだった。
顔が真っ赤であり、相当に酒を呑んでいるようである。
それはリリッチだけではなく、他の3人も同様である。
しかし、いつもはリリッチが酔っぱらって抱き着いてきても何も感じないが、先ほどの話を思い出すと、少し意識をしてしまう。
「飲み過ぎだ……全く……」
そう言いながら、リリッチを手で押しのけて、席に座らせた。
そして、俺も席に座ろうとした。
「ゼンドリック」
その時、よく知る声が聞こえた。
凄く驚き、飛び上がってしまう。
その様子に、俺の部下達も笑ったし、後ろから笑い声も聞こえた。
「これはオージェリン様。急に声をかけるから驚きました」
俺に声をかけたのはオージェリンだった。
なんとも間が悪いことである。
どこかにいることはわかっていたが、ちょうど油断していたのだ。
まあ、何か都合が悪いことがあるわけでもないのだが。
「おお、ピリフィル……と君はリュジェラか?大きくなったな!」
とりあえず、俺はオージェリンに対しての挨拶はそこそこにして、小さき王妃達に声をかけた。
「おじ様ったら……最後に会ってからそんなに経ってませんよ」
そんなことはない。当たり前だが、アジェーレ王国に来てからは会えてない。毎日だって会ってもいいほどなのに。
「お久しぶりです。おじ様」
リュジェラの方は、やはりオージェリンの娘という事で滅多に会った事がない。
それに、やはりどことなく雰囲気がオージェリンに似ている。
だが、大事な姪であることには変わりないだろう。
「さあ、そろそろ、アジェーレ王の元へと向かいましょうか」
「はい、それではまた、おじさま」
二人と更に話そうとしていた俺だったが、挨拶しただけですぐにオージェリンに二人はよびもどされてしまった。
俺はそれに対して文句は言えない。
相手がオージェリンだからというのもあるが、この祝いの席の主役の二人である。
忙しい中、挨拶しにきてくれただけでもいい。
「ああ、またな」
去っていくその背中に、俺は声をかけた。
そして、再び仲間達と酒を飲み始める。
しばらくすると、ウルスメデスの歌が聴こえ始める。
毎日聴いている歌である。
我が軍の奴等も、すっかりと彼女の歌の虜になってしまっている。
こう言ってはなんだが、戦場において、なにか依存するものがあるというのはいい事である。
皆、彼女の歌を聴くために、生きて返ってきているのだ。
彼女には感謝してもしきれない程である。
そうして、婚約の宴は、何も問題なく終わったのであった。




