エニール・ミーンその6
薬を塗ったとはいえ、次の日の作業はこたえた。
たった一日で陽射しが弱まるはずもなく、新しいボロ服の上から、真っ赤で傷だらけの背中に鋭い痛みが走り続けた。
でも、その日は頑張って切り抜けた。
だけど、作業が終わってから、外に出ることは出来なかった。
それは、背中の痛みもあるし、早く寝て治さないといけないのもある。
でも、それはそれとして、外に出ようとは思っていたのだ。
だけど、あたしを心配した人達が訪ねてきたりするので、外に出るのは難しかった。
テントの外にもいるかもしれないから、見つかってしまうかもしれない。
だから、せめてと思って、仮面を作っていた。
だって彼に頼まれたから。
元々材料になりそうな木は外から取って来ていたし、夜に外に出なくなった分、時間もある。
って、傷を治すために、早く寝なくちゃいけないんだけど。
そんな日が続いて、傷も治り始め、落ち着いてきたから、あたしはそろそろいいかなと思って、奴隷場を抜け出した。
彼に、最初に会って以来、こんなに会わずにいなかった日はない。
もしかしたら、いないかもしれない。
そんなことも考えてしまう。
不安だ。
でも、せっかく"仮面"も出来たのだ。
もう会えないなんて思いたくもない。
仮面の出来は、自信がある。
もちろん仮面なんて作ったのは、初めてだ。
でも、才能があったのかもしれない。
仮面を見ると――うん。大丈夫。
でも、よく見ると、ちょっと不気味かもしれない……。
もしかしたら、彼は嫌がるかもしれない。
そんなことを考えながら移動していたら、やっと、いつもの川に着いた。
そう、やっとだ。いつもより長く感じたんだ。
でも、彼は見当たらない。
最近はいつも、この岩の辺りに座って、あたしを待っていたのに。
どうしよう。
よくよく考えると、酷い事を言ったのかもしれない。
「来ないで」と、はっきり拒絶の言葉を言ったのだから。
だからやっぱり……どこかへ行ってしまったのだ。
寂しいけど、それでいいのだろう。こんなところにいるよりはマシだから。
そんな悲観的な事を考えた、その時だった。
「やあ、待っていたよ」
驚いたけど、あたしは喜びで、彼の元に駆け出した。
「もう、遅いよ」
「すまない。少し出かけていてね」
こんな夜中にどこにだろう。
でも、そんなことはいいんだ。
「毎日待っていたの?」
「そうだね。君に――」
彼は、何だか悲しそうな顔をする。
「謝りたくて」
何をだろう?
むしろ、謝るのはこっちだ。
「ごめん」
彼が頭を下げた。
「や、やめてよ。謝るのはこっちだってば」
「君が謝ることはないだろう。君は僕を心配してくれたんだろう?」
それはそうだけど……。
「ねえ、なんで謝るの?」
あたしには、そこがわからないのだ。
「君を助けなかったことだよ」
「そんなの……」
当たり前だろう。
あたしの友達が、魔族に殺されるのを見たくなかった。
なにより、来ない様に叫んだのは、あたしなのだから。
「助けようと思ったけど、君の言葉に――甘えてしまった。迷ってしまったんだ。僕は……卑怯者だ」
「でも、あたしが来ないでって言ったんだからさ」
「それでも、謝らせてほしい。すまない」
やはり、深々と頭を下げられる。
あたしは、今こうして会えるだけでも嬉しいくらいなのに。
どうにかして、話の内容を変えてしまおう。
「あの……あたしの庇ったナセじいはさ。とっても大切な人なんだ」
「そうなんだろうね」
「ほら、あたしには両親がいないって言ったよね」
「そうだったね。つまり、ナセじいが君の親代わりと言うことかな?」
「うーん。まずはね。あたし捨て子だったの」
それを聞くと、彼は悲しそうな顔をした。
「でも、それはもう気にしてないよ。偶然拾われて、教会で育てられたんだ。ナセじいはそこの――」
少しもったいぶって、彼を見る。
「神父さんかな?」
期待した通りの答えで、あたしは笑った。
「ふふっ、ごめん。ナセじいは教会に毎日祈りに来ていただけ」
「でも、仲が良かったのかな?」
「うん……あの時……魔族が攻め込んできたときも、ナセじいはあたしを連れて逃げてくれて――あっ!逃げ切れなかったからここにいるんだけど」
あたしは元気に喋る。
彼が悲しい顔をしない様に。
「でも、教会のみんなはその時死んじゃったの。だから、ナセじいはあたしの命の恩人だし、戦争が始まる前からの唯一の知り合いなの」
「それは……大変だったね」
しまった。彼は悲しい顔をしている。
でも、話を逸らすのには成功しただろう。
「でも、今はみんな良くしてくれるしいいの。あたしは幸せな方だよ」
「これを幸せと言うべきではないよ」
初めて見た。
彼の怒った顔だ。
「次は、必ず君を助けるよ」
それは困る。
「もう!無茶しちゃだめだからね」
「善処しよう」
また、その言葉だ。
なんだか前も聞いた気がする。
「あっ!そういえば。それ、前も言ってたよね。この国に入らない様にって言った時!」
「そうだったかな?」
とぼける気だろう。
彼は間違いなくあの時、この国に入っていたのだから。
「もう……あっ!そうだ!」