モルディエヌス・エイレストその8
私は小国の王子として生まれた。母様はとても厳しい人で、幼少の頃から母様に王としての在り方を教えられ続けて来た。
そして、15歳になった時に、母様の薦めで、近隣の国のシェラミエ姫と結婚し、その王国も自国として統治することになった。
更に、大国の姫であり、国で一番美しいと言われるオージェリンを妾として娶った。オージェリンはまるで母様のようだった。
それから、母様の祖国の王が、私に国を託したいといい、エイレスト王国は更に大きくなることになる。
しかし、良い事ばかりが起きるというわけではなかった。私の父様が病気で死に、伝承でのみ伝えられてきた。魔王軍が現れたと、従弟であり旅に出ていたゼンドリックさんが伝えてきたのだ。
だから、私達はオージェリンの国も取り込み、魔王軍と対抗することにしたのだった。
しかし、その時、母様が父様と同じ病にかかってしまう。
だけど、母様は病に等まけなかったのだ!病から回復し、また私を導いてくれているのだ!
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母様が病から立ち直り、元気になってから更に5年が過ぎた。
私は、母様の言いつけ通りに政治を進めている。
魔王軍の侵攻は、しばらくアジェーレ王国で止まってはいたものの、一時期はアジェーレ王国は敗北しかけていたようだが持ち直し、ついには勝利を収めたらしい。
そろそろ、こちらの国が動く時が来た。そう母様は言ったのだ。
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そのことについて、私と母様とオージェリンは、離れの療養所話し合っていた。
「同盟を結ぶしかなさそうですね」
母様がそう言った。
「アジェーレ王国の国力は思ったよりも残っていますね。国王の性格的にも取り込むのは難しいでしょうね。アジェーレ王国と同盟を結びましょう」
オージェリンも何故か母様と同じことを言う。
「はい、わかりました」
私は二人に賛同する。
「アジェーレ王国の国王は独り身だと聞きます。同盟の証として、私の娘と結婚させましょう」
そう言ったのはオージェリンだ。
アジェーレ王国の国王は結構な歳だったはずである。対して、私とオージェリンの娘はまだ8歳である。
だけど、問題はないだろう。
「母様?いいですか?」
私は母様に聞く。
「いいえ。アジェーレ王国には、あなたとシェラミエの子供であるピリフィルを嫁がせるのです」
「母様はピリフィルを嫁がせると言っています」
問題はあった。
母様がこう言っているのだ。
「……そうですね。そうしましょうか」
オージェリンは大人しく母様の言う事を聞いてくれた。
母様はいつだって正しいのだ。
「それじゃあ、もう帰ってもいいかしら?」
オージェリンが療養所の扉を開きながら言った。
聞くまでもなく帰る気なのだろう。
「ああ、私はもうしばらく母様の所にいるよ。母様はまだ体調が悪いんだ」
そう言うと、母様が「ゴホッゴホッ」と咳込んだ。
「ほら咳だってしてるだろう?」
「そうね」
オージェリンはそれだけ言うと、黙って去って行ってしまった。
「母様……大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
私はその言葉を聞いて安心すると、母様の顔を拭いて綺麗にしていた。
その時だった。
「随分と美しい方だったね」
私の声でも、母様の声でもない声が、この場に響いたのは?
「誰だ?どこにいる!」
私は激昂して、大きな声を出した。
誰もここには入らない様に、命令しておいたはずである。
「上からすまなかったね」
そして、私が上を向こうとした時に、そいつは音もなく降り立ってきた。
それはピエロの仮面を被った、明らかな不審者であった。
私は王であるのだから、命を狙われることもあるのだろう。
だが、今まで実際に襲撃された事などなかった。それだけ兵達が優秀なのである。
「誰ですか?」
「何者だ?」
母様と私は、同じ事を聞く。
聞くまでもないだろうが、私の命を狙いに来た魔王軍の暗殺者だろうか?
「僕はただの旅人さ」
だが、不審者はよくわからないことを言った。
今この場において、正体を明かさない理由があるのだろうか?
ただ、ふざけるのが好きなだけの狂人なのかもしれない。
「この場に居合わせたからには、生かして帰すわけにはいかんな」
衛兵はいない。
何故なら、決してここには近づかない様に言ってあるからだ。
母様は安静にしておかなければいけないし、大事な国政の話をすることも多いからだ。
ならば、どう撃退するかというと、それはもちろん、己の体でだ。
私には、幼少の頃から母様に全てが叩きこまれている。
もちろん、剣術の腕にだって自信があるのだ。
「へえ、美しい人だね」
「急になんなのですか?」
ピエロは僕に背を向け、母様の顔を覗き込んだ。
そのピエロの態度に、私は驚く。
「母様が美しいのは当たり前だろう」
そして、我ながら妙な返答をしてしまったな、と思うような返事をしてしまう。
「剣を収めてくれないかな。僕は本当に、迷って、ここにやっと着いただけなんだ」
私はピエロの後ろで剣を振り上げていたのだけど、まるで、全てを見通しているかのように、ピエロが言い放った。
私は少し迷ったが、剣を力なく下に降ろした。
別に、ピエロの言う事を聞いたわけではない。
ただ、このまま剣を振り下ろした時に、このピエロに剣を避けられたら、母様の体を傷つけてしまうかもしれないから。
「モルディ。私を気にすることはないのですよ」
母様にそう言われても、そんなわけにはいかない。
「私の命を取りに来たのではないのか?」
一向に襲い掛かって来る様子のない変人にの態度に、私は戸惑い、そんなことを聞いてしまう。
「いいや、僕は君と仲良くしたいのさ」
「私達とですか?」
私や母様の権力に縋り着く人間はたくさんいる。
こいつも変わっているが、その類の人間だというのだろうか?
いや、そんなはずがないだろう。
「でも、今日は日が悪いみたいだね」
そう言うと、ピエロは宙に舞い、高い場所にある窓から外に出てしまった。
「それじゃあ、また来るよ」
そして、ピエロはそのまま姿を消してしまった。
来なくていいのだが、来るなと言っても意味はなさそうである。
「母様、無事ですか?」
私は母様に駆け寄った。
「ええ、なにもされてはいません」
それはわかっているし、あの変な奴は、本当に何もせずに帰ったのだ。
何も出来なかったというわけでもなさそうである。
「母様。どういたしましょう?」
「また来るとは言っていましたが、その前に捕えましょう。兵に捜索するように言っておきなさい」
母様の言う通りにすれば間違いないのだ。
「はい。母様の言うままに……」