ベナミス・デミライト・キングその5
ラエインは、俺の心配通りに動く。
少しはおとなしくしてくれてもいいものなのだが。
見張っていないと、いつか恐ろしい事になりそうなので、ダオカンと一緒にラエインと会話するようにしていた。
そのせいで、ダオカンには、俺がラエインを気に入っていると勘違いされているようで、困っているのだが。
ラエインは、連日野菜をちょろまかして、得意気になっているのだが、それには理由がある。
そもそも、この国には魔族が少ないのだ。
別に、この国は重要拠点と言うわけでもない。
数多くある、前線に食料を送るための拠点の一つでしかない。
だから、監視の目が少なければ、誰でも魔族の目を盗むことを容易に出来るというわけだ。
だが、ラエインには調子に乗らないように、釘を刺さなければならない。
「気をつけろよ、慣れてきた頃が危ないんだ」
こんな感じで、適当な事を言っておけばいいだろう。
♦
いつも通り畑仕事をしているのだが、陽射しが強い。
別に俺だって若いわけではない。
むしろ、初老の域に入りかけているだろう。
だから、この陽射しはきつい。
そしてグザンはこういう日を狙って、外の仕事を見に来るのだ。
グザンは、今日は特に機嫌が悪そうだ。
他の奴らにはわからないだろう。
そんなことがわかってしまう自分が嫌だ。
「おい!貴様!」
怒声が聞こえた。
振り向かなくてもわかる。ナセじいだろう。
俺だってこんなにきついのだ。ナセじいなんかは間違いなく倒れる。
俺が見るべきはラエインだ。
エニールはナセじいを庇うだろう。
そのエニールを見て、ラエインが変な気を起こすかもしれない。
いや、起こすだろう。間違いない。
今のラエインは、気が大きくなってるのだ。
俺は目立たない様に、ラエインの隣へと移動する。
ラエインはやはり、今にも足を踏み出しそうだ。
それだけは見逃すわけにはいかない。
だから、止めようとした。その時だった。
「来ないで!!!」
エニールの声が響き渡った。
いいタイミングだ。
ラエインが浮足立っている。
「我慢しろラエイン。今は俺達二人しかいないんだぞ」
これで、ラエインは踏み出せなくなっただろう。
しかし、エニールは……どこを見ているんだ?
うつ伏せでナセじいにかぶさっているので、視線はわかりづらい。
だが、何か少し――どこか遠くを見ているような――。
その視線の先を追うと、その先には――。
「そんな……そんな……馬鹿な」
あり得ない。
俺は"城勤め"だったから知っている。
あれは――。
「そんなはずはないんだ」
ここにいるはずのないものだ。
「ベナミスさん」
ラエインの声が耳に届いた。
ふと、先ほどまで見ていたところを見ると、"なにもいない"。
幻覚だったのだろうか?
幻覚だったのだろう。
そうでなければおかしい。
「お、おお……いや、大丈夫。大丈夫だ」
ラエインには辛うじて、そう答えた。
しかし、その後、何がどうなったのか覚えていない。
♦
気が付いたら、夜になっていた。
それほど動揺していたのだろう。
だが、時間が経つにつれて、落ち着きは戻って来た。
エニールは大丈夫だろうか?
ラエインが見に行っているようだが、無事ではなさそうだ。
意識を失ったエニールを、ラエインが運ぶ気のようだが、俺が運んだ方がいいだろう。
それは、ただ単純に体格の差の話だ。
俺は体だけは大きく、生まれたんだ。
"役に立ったことはない"んだけどな。
エニールを見ると、凄く気になる。
あの幻覚……そう、幻覚なのだが――。
あの幻覚と、エニールにはなにか関係があるのだろうか?
他の奴らはきっと気が付かなかったのだろう。
だが、間違いなくエニールは、あの幻覚に向かって「来ないで!!!」と言ったのだ。
♦
奴隷場へ戻ると、既に人が集まっていた。
エニールの人望が見て取れる。
俺の偽物の人望とは大違いだ。
ダオカンが、皆を鎮めている。ダオカンは俺に気づくと、指を立てて来た。相変わらずいい仕事をする奴だ。
エニールは、ナセじいのテントに運んだ方がいいだろう。
ナセじいにも思うところがあるだろうから。
エニールを運び終えたが、まずはやらないといけないことがある。
ラエインに釘をさすことだ。
「ラエイン。ナセじいを運んでくれて、ありがとう」
ダオカンの真似だ。まずは飴を与える。
そして釘をさすのだ。
……これはグザンのやり方だな。
なんだか嫌になって来た。
だが、やっておいた方がいいだろう。
「それと……今日はよく我慢したぞ」
これは大事な事だ。これからも我慢してくれないと困る。そう、一生な。
「そんな……僕は何も出来ませんでした」
「いいんだ。来るべき時に、何かが出来れば――それでいいんだ」
来るべき時なんて来ないんだけどな。
笑いそうになるのをこらえる。
「はい!」
「俺達に出来ることはなにもない。もう自分のテントに戻ろう」
「わかりました!」
そう言うと、ラエインは素直にテントに戻っていった。
俺は、と言うと、そう言ったくせに、革命軍のテントへと向かう。
そして、傷に効く薬を持ち出すして、エニールの元へと戻った。
薬があることを知られるのは良くないからな。
出所は、当然グザンからだ。言えるものではない。
薬は貴重だ。身内でも極力知られるべきではない。
「ナセじい。これを」
ナセじいに知られるのは仕方ないだろう。
高齢なだけあって、思慮深い。容易に口外したりはしないはずだ。
「そうか。ベナミス。ありがとう」
ナセじいは驚いた様子もなく、薬を受け取った。
「ふっ、いいんだ。俺には"こんなこと"しかできないからな」
そう言い残すと、俺は自分のテントへと戻るのだった。
帰り道で、ふと、空を見上げて考える。
俺は、城にいたからわかるんだ。
王子と仲が良かったから、よく城に来ていた。だから、顔もよく覚えている。
遠目だったから、自信はない。
そもそも幻覚だと決めつけている。
だが、あれは間違いなく、"死んだはずの勇者"だった。