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モルディエヌス・エイレストその7

 魔王軍の侵攻が始まってから2年が経った。

 すべては予定通りに事が進んでいるという。


 魔王軍の侵攻は、アジェーレ王国と、教会都市で行き詰まり、我が国は兵を傭兵として派兵して金を要求し、国は潤った。

 それに、ヴァスティーナ王国の王が死に、軍事力に不安もあったヴァスティーナ王国は、エイレスト王国に取り込まれた。それにより、エイレスト王国はこの大陸一の大国となった。

 さらに、シェラミエとの3人目の子が出来、オージェリンも2人目の子を産んだのだ。


 だけど、私にとって"そんなことはどうでもいい"のだ。

 それら全てが"今は"どうでもいいのだ。


 何故なら、母様が病で伏せてしまっているのだから。



     ♦



 私は今日も、城の"離れにある療養所"を訪れた。最近は毎日である。いや、母様がここに移ってから毎日だろうか。


「母様。モルディです。入ります」


 返事はない。返事をするほどの元気すらもうないのだ。

 だから、私は構わずに中へと入る。

 療養所の中にはたくさんの人がいる。いずれも、侍女で会ったり、医者であったりと、母様の面倒を見るための者達だ。

 その中心で寝所に横たわっている母様は、信じられない程痩せ細り、誰の目から見ても生きているのが不思議なくらいの様子であった。しかし、目は開いており、虚ろに天井を眺めていた。


「母様……」


 私は、母様の手を取り、母様に語りかけた。

 母様は、目だけこちらへ動かした。


「モルディ……公務はどうしたの……?しっかりなさい……」


 こんな時でも、母様はそんなことを言う。

 だけど、私からしてみると、そんなことはどうでもいいのだ。

 ただ、母様だけが心配なのだ。


「母様。大丈夫です。もう必要な事は終わらせてきました」


 嘘と言えば嘘だが、本当と言えば本当だ。毎日この言葉で母様を安心させている。

 母様の体調が崩れ出してからは、私の代わり仕事をする人間達をオージェリンが見繕って、その者達に仕事は任せてある。

 だから、私はずっと母様の元へと通えているのだ。


「そう……」


 母様は元気なく返事をする。

 喋る事すら大変なほど、弱っているのである。


「それでは母様」


 だから、私はそれ以上話しかけずに、医者の方へと向き合う。

 もう何度も医者達とは話してきている。

 そして、もう何度も同じことを言われてきた。

 「もうすぐです」と。


「モルディエヌス様。こちらへ……」


 医者達に連れられて、私は療養所を出る。

 いつもと同じことを言われるのだろう。

 そう思った。


「今日を乗り切れないかもしれません」


 だけど、医者が言った言葉は、いつもと少し違う言葉だった。


「ふざけるな!」


 私は激昂した。

 そして、目の前の医者に掴みかかる。


「どうにかするのが貴様らの役目だろう!」

「モルディ!」


 そんな私の肩を押さえ、後ろから呼びかける者がいた。

 医者から手を離し、振り向くと、ゼンドリックさんとオージェリンがいた。珍しい組み合わせだ。


「離してくださいゼンドリックさん」


 そう言うと、ゼンドリックさんは大人しく手を離す。


「彼等だって出来る限りの事はやってるんだ」


 それはわかっている。

 だが、こんな事を聞かされたら、私は……どうにかなってしまいそうである。


「落ち着きなさい。モルディ」


 そう言って、オージェリンが私を抱いた。

 それだけで、私はすぐに落ち着いてしまう。


「ゼンドリック。来たところ悪いのですけど、モルディを部屋まで連れて行ってもらえるかしら?」

「お、おう」


 私は、オージェリンからゼンドリックさんへと引き渡される。

 その間、私はされるがままであった。

 そして、そのまま私はゼンドリックさんに連れられて部屋まで帰らされたのだった。

 ゼンドリックさんがしきりに話しかけてきていたけど、何も覚えてはいない。



     ♦



 翌日になると、私はいつも通りに療養所へと向かった。

 そして、前日と同じように、部屋の外から声をかける。


「母様。モルディです。入ります」

「入りなさい」


 しかし、いつもと違い、母様の"元気な声が聞こえて来た"。

 そして、部屋に入ると、何故だか、医者や侍女は、部屋にはいない。

 しかし、代わりに母様が立っていたのだ。

 それだけではない。昨日までの母様が嘘のように、肌に艶があり、顔色も驚くほど良かったのだ。


「あら、モルディ、どうしたの?」


 母様は元気そうな声、元気そうな顔で、私に話しかけてくる。

 私は泣きそうになってしまう。


「い、いえ……なんでもございません」

「それよりも、モルディ。公務はどうしたの?」


 昨日と同じ台詞だが、昨日のように、息も絶え絶えに話していたのとは全然違う。

 

 "奇跡が起きたのだ"。


「それは、その……」

「そう、貴方は王なのだからしっかりしなさい。さあ、仕事に戻るのです。私はもうしばらくはここにいますから」


 怒られてしまった。だけど、病み上がりだからか、いつもより怒り方が優しい気がする。


「は、はい!」


 私は急いで、部屋を出て行こうとする。

 その時、扉が開いて、オージェリンが入って来た。


「モルディ、話し声が聞こえたけれど?」

「オージェリン!見てよ!母様が元気になったんだ!」


 私は気持ちを前面に押し出して、オージェリンにぶつける。


「モルディ、落ち着きなさい。オージェリンが困っていますよ」


 そのせいか、オージェリンは少し戸惑ったような表情をしていた。


「え、ええ。そうですか」

「母様が公務をして来いと言っているんだ!さあ、行こう!」


 私はオージェリンを連れて、強引に部屋を出る。


「ああ、そうだ。まだ母様は病み上がりなんだ。ゆっくりしたいだろうから、人が来ないように言っておかないと」


 部屋を出た後にそんなことを思いついた。


「そうですね、モルディ。皆にそう伝えておきましょう」


 今日からまた忙しくなるだろう。

 母様と一緒に国を良くしていかなければならないのだから。

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