表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

163/228

オージェリン・ヴァスティーナその2

 私は苛立っていた。

 人生と言うのは上手くいかないものであるのはわかっている。

 だが、こんなにも予定を狂わされてしまうと流石に苛立ってしまうのだ。

 今までの苦労も水の泡である。


 それもこれも、あの気持ちの悪い、軟弱なセレーム王子が死んだせいである。

 私の予定では、今頃あいつに王位を継がせて、ヴァスティーナ王国を乗っ取る計画を立て始めている頃のはずだったのに……。

 まさか、私の父よりも先に亡くなるだなんて。

 こんなに腹立たしい事はないだろう。


 だが、私は我慢する。

 何故なら今、私がいるのは自分の部屋ではなく、セレーム王子の国である、ハレスレダ王国の来品室に泊っているからである。

 ここに来る前に、自室を怒りに任せて滅茶苦茶にしてきた。

 問題はないだろう。清楚で貞淑な私でも、取り乱してしまうほどの出来事だったと印象付けれるからだ。

 それに、部屋は侍女達が片づけているはずなので、戻った時には元通りになっているはずである。


 そして、今日は私が滞在する、最後の日である。

 何故なら今日、セレームの葬儀が行われるからである。

 と言っても、滞在がするのが最後なだけであって、私はこの国との縁を切るつもりはない。

 婚姻はまだだったが、あくまで未亡人として扱わせてやろうと思う。

 というか、実際に未亡人のような扱いをされている。


 それならば、それに乗っかって、この国を度々訪れて、あの次男坊でも落としてやればいいだろう。

 どうにも、あいつは私の事が気に食わないみたいだが、一回でも"やって"やれば骨抜きに出来る自信はあるのだ。

 それだけ私は美しいし、女として完璧な肉体を持っているのだ。

 次男であるゼンドリックは、セレームよりも圧倒的に扱いづらそうではあるが、仕方がない。


 おっと、次の事を考えるべきではなかった。

 今の事を考えなければいけない。

 今の私は、夫を亡くした、貞淑な若い未亡人なのだから。


 そして、私は来賓室を後にした。


 部屋を出た私に、すぐに声がかけられる。


「オージェリン。今呼ぼうとしていたところだ」


 私に声をかけたのは、王様だ。つまり私の義父である。


「ハレスレダ王様……」


 私は口元を押さえ、目を潤ませ、儚げな声を出し、声をわざとつまらせた。


「オージェリン……行こうか」


 これだけで、皆勝手に深読みするのだから楽でしょうがない。

 それよりも、凄く気になることがある。

 王の隣にいる女性だ。

 たたずまいや、服装を見るに、高貴な身分なのだろう。


 しかし、それはどうでもいい。

 どうにも、この女からは嫌な感じがするのだ。

 特に、私を見る目が気に食わない。


「その方は?」


 察するに、エイレスト王国の王妃ではないかと思う。


「私の妹だ」


 当たった。

 初めて会ったが、こんなにも嫌な感じな女性だったのかと思う。


「そうですか、初めまして。私はオージェリン・ヴァスティーナと申します」

「こちらこそ、初めまして。ビレミア・エイレストですわ」


 私達はお互いに挨拶をし、3人で歩き出した。


 彼女からすれば、甥っ子の葬儀である。

 だけど、どうにも様子がおかしい。まるで悲しんでいる様子がないのだ。


「お兄様。まだ話しは終わっていません」


 しばらく歩くと、ビレミアが口を開いた。


「まだその話をするのか、客人の前で話すことではないだろう」


 いったい何の話だろうか?

 とても興味がある。だけど黙って置く。こういう時は口を挟まない方がいいのだ。


「いいえ。お兄様がいいと言うまで話します。ゼンドリックは家督を継ぐ気はないのでしょう?それなら、うちのモルディエヌスに家督を継がせても問題ないでしょう?」


 なんだそれは。滅茶苦茶である。次男が継がなくても三男や四男だっている。

 わざわざ、王の妹の息子が継ぐことはないだろう。

 馬鹿げている。


 だけど、それは――素晴らしい話である。


 つまり、同時にエイレスト王国まで手に入るというわけである。

 小さい国ではあるが、二つの国が一つになったという事実は大きいのだ。

 それに、"味方"もできるわけだ。

 今、目の前にいる味方も――だ。


 先ほどまでは嫌な感じだと思っていたが、同族嫌悪だったのかもしれない。

 なら話は早い。利害は一致しているはずだ。

 だが、今私は悲しみに暮れる未亡人である。

 黙っていなければいけないのが口惜しい。


「モルディエヌスはまだ子供ではないか」


 子供だから扱いやすいのではないかと思う。

 実際に、セレーム王子は子供の頃から、私の言いなりになるように調教してきたのだ。

 全て無駄になったけどな。


「いいえ、私のモルディエヌスは出来た子です。立派な王となります」


 私にはわかる。

 まるで、息子を物のような言い方である。

 だが、やはり好都合だろう。

 既に"調教された後"なのかもしれない。


 言い合いは続き、しかし私は黙ったまま、教会が近づいてきた。

 人が多くなってくると、流石にわきまえているのか、ビレミアは口を閉じた。

 


     ♦



 葬儀の間は、特にやることもなく、暇な時間を過ごした。

 そして、葬儀は進み、出棺の時間がやってくる。

 私の出番はここからである。


 参列者に感謝の言葉をかけるのである。

 これによって、私とこの国の王子との強い繋がりを印象づけるのだ。


「ありがとうございます」


 未亡人というのは、いい印象ではないかもしれないが、私に向けられる視線は同情的である。

 全員、事情はわかっているからだ。


「ありがとう」


 そして、数年もすれば、結婚しなおしても、なにも言われはしないだろう。

 

「ありがとう」


 先ほど、ハレスレダ王にモルディエヌスを遠くから確認させてもらった。

 特にこれと言った特徴のない、普通の子供だなと思った。

 歳は私より10歳下の12歳。すこし離れているが、今から調教してやればどうにでもなるだろう。


「ありがとう」


 モルディエヌスは、徐々に近づいてくる。

 そして、すぐに私の目の前にやってきた。


「ありがとう」


 私は言葉と共に、モルディエヌスの頬を撫でた。

 こんな人が注目している中で、大胆な事はしたりしない。

 ただ私は、従兄弟となるはずだったモルディエヌスを"少し気にかけた"だけである。


 そしてモルディエヌスは、頬を撫でられただけで、顔を赤くして私を見ているのだ。

 こいつは簡単だな。

 そう感じた。


「ありがとう」


 モルディエヌスは流れに沿って行ってしまう。

 だけど、私はそちらを見もせずに、参列者へ感謝の言葉を続けたのだ。

 


     ♦



 葬儀が終わると、私は"急いで"城へ戻って来た。

 約束があるからだ。


 そして、ある部屋の扉を叩く。


「どうぞ」


 部屋の中にはビレミアがいた。

 密かに彼女と会う約束をしていたのだ。

 彼女にも、帰る時間があるから急いで戻って来たのだ。


 部屋の中で、ビレミアは邪悪な笑みを浮かべている。

 ああ、相手もわかっていたのだろう。

 私も、彼女と同じような笑みを浮かべるような人間なのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ