オージェリン・ヴァスティーナその2
私は苛立っていた。
人生と言うのは上手くいかないものであるのはわかっている。
だが、こんなにも予定を狂わされてしまうと流石に苛立ってしまうのだ。
今までの苦労も水の泡である。
それもこれも、あの気持ちの悪い、軟弱なセレーム王子が死んだせいである。
私の予定では、今頃あいつに王位を継がせて、ヴァスティーナ王国を乗っ取る計画を立て始めている頃のはずだったのに……。
まさか、私の父よりも先に亡くなるだなんて。
こんなに腹立たしい事はないだろう。
だが、私は我慢する。
何故なら今、私がいるのは自分の部屋ではなく、セレーム王子の国である、ハレスレダ王国の来品室に泊っているからである。
ここに来る前に、自室を怒りに任せて滅茶苦茶にしてきた。
問題はないだろう。清楚で貞淑な私でも、取り乱してしまうほどの出来事だったと印象付けれるからだ。
それに、部屋は侍女達が片づけているはずなので、戻った時には元通りになっているはずである。
そして、今日は私が滞在する、最後の日である。
何故なら今日、セレームの葬儀が行われるからである。
と言っても、滞在がするのが最後なだけであって、私はこの国との縁を切るつもりはない。
婚姻はまだだったが、あくまで未亡人として扱わせてやろうと思う。
というか、実際に未亡人のような扱いをされている。
それならば、それに乗っかって、この国を度々訪れて、あの次男坊でも落としてやればいいだろう。
どうにも、あいつは私の事が気に食わないみたいだが、一回でも"やって"やれば骨抜きに出来る自信はあるのだ。
それだけ私は美しいし、女として完璧な肉体を持っているのだ。
次男であるゼンドリックは、セレームよりも圧倒的に扱いづらそうではあるが、仕方がない。
おっと、次の事を考えるべきではなかった。
今の事を考えなければいけない。
今の私は、夫を亡くした、貞淑な若い未亡人なのだから。
そして、私は来賓室を後にした。
部屋を出た私に、すぐに声がかけられる。
「オージェリン。今呼ぼうとしていたところだ」
私に声をかけたのは、王様だ。つまり私の義父である。
「ハレスレダ王様……」
私は口元を押さえ、目を潤ませ、儚げな声を出し、声をわざとつまらせた。
「オージェリン……行こうか」
これだけで、皆勝手に深読みするのだから楽でしょうがない。
それよりも、凄く気になることがある。
王の隣にいる女性だ。
たたずまいや、服装を見るに、高貴な身分なのだろう。
しかし、それはどうでもいい。
どうにも、この女からは嫌な感じがするのだ。
特に、私を見る目が気に食わない。
「その方は?」
察するに、エイレスト王国の王妃ではないかと思う。
「私の妹だ」
当たった。
初めて会ったが、こんなにも嫌な感じな女性だったのかと思う。
「そうですか、初めまして。私はオージェリン・ヴァスティーナと申します」
「こちらこそ、初めまして。ビレミア・エイレストですわ」
私達はお互いに挨拶をし、3人で歩き出した。
彼女からすれば、甥っ子の葬儀である。
だけど、どうにも様子がおかしい。まるで悲しんでいる様子がないのだ。
「お兄様。まだ話しは終わっていません」
しばらく歩くと、ビレミアが口を開いた。
「まだその話をするのか、客人の前で話すことではないだろう」
いったい何の話だろうか?
とても興味がある。だけど黙って置く。こういう時は口を挟まない方がいいのだ。
「いいえ。お兄様がいいと言うまで話します。ゼンドリックは家督を継ぐ気はないのでしょう?それなら、うちのモルディエヌスに家督を継がせても問題ないでしょう?」
なんだそれは。滅茶苦茶である。次男が継がなくても三男や四男だっている。
わざわざ、王の妹の息子が継ぐことはないだろう。
馬鹿げている。
だけど、それは――素晴らしい話である。
つまり、同時にエイレスト王国まで手に入るというわけである。
小さい国ではあるが、二つの国が一つになったという事実は大きいのだ。
それに、"味方"もできるわけだ。
今、目の前にいる味方も――だ。
先ほどまでは嫌な感じだと思っていたが、同族嫌悪だったのかもしれない。
なら話は早い。利害は一致しているはずだ。
だが、今私は悲しみに暮れる未亡人である。
黙っていなければいけないのが口惜しい。
「モルディエヌスはまだ子供ではないか」
子供だから扱いやすいのではないかと思う。
実際に、セレーム王子は子供の頃から、私の言いなりになるように調教してきたのだ。
全て無駄になったけどな。
「いいえ、私のモルディエヌスは出来た子です。立派な王となります」
私にはわかる。
まるで、息子を物のような言い方である。
だが、やはり好都合だろう。
既に"調教された後"なのかもしれない。
言い合いは続き、しかし私は黙ったまま、教会が近づいてきた。
人が多くなってくると、流石にわきまえているのか、ビレミアは口を閉じた。
♦
葬儀の間は、特にやることもなく、暇な時間を過ごした。
そして、葬儀は進み、出棺の時間がやってくる。
私の出番はここからである。
参列者に感謝の言葉をかけるのである。
これによって、私とこの国の王子との強い繋がりを印象づけるのだ。
「ありがとうございます」
未亡人というのは、いい印象ではないかもしれないが、私に向けられる視線は同情的である。
全員、事情はわかっているからだ。
「ありがとう」
そして、数年もすれば、結婚しなおしても、なにも言われはしないだろう。
「ありがとう」
先ほど、ハレスレダ王にモルディエヌスを遠くから確認させてもらった。
特にこれと言った特徴のない、普通の子供だなと思った。
歳は私より10歳下の12歳。すこし離れているが、今から調教してやればどうにでもなるだろう。
「ありがとう」
モルディエヌスは、徐々に近づいてくる。
そして、すぐに私の目の前にやってきた。
「ありがとう」
私は言葉と共に、モルディエヌスの頬を撫でた。
こんな人が注目している中で、大胆な事はしたりしない。
ただ私は、従兄弟となるはずだったモルディエヌスを"少し気にかけた"だけである。
そしてモルディエヌスは、頬を撫でられただけで、顔を赤くして私を見ているのだ。
こいつは簡単だな。
そう感じた。
「ありがとう」
モルディエヌスは流れに沿って行ってしまう。
だけど、私はそちらを見もせずに、参列者へ感謝の言葉を続けたのだ。
♦
葬儀が終わると、私は"急いで"城へ戻って来た。
約束があるからだ。
そして、ある部屋の扉を叩く。
「どうぞ」
部屋の中にはビレミアがいた。
密かに彼女と会う約束をしていたのだ。
彼女にも、帰る時間があるから急いで戻って来たのだ。
部屋の中で、ビレミアは邪悪な笑みを浮かべている。
ああ、相手もわかっていたのだろう。
私も、彼女と同じような笑みを浮かべるような人間なのだと。




