ゼンドリック・ハレスレダその1
俺は王子だ。
と言っても、王子に生まれたことは嬉しくもなんともない。
むしろ嫌なくらいだ。
俺は自由に生きたいのだから。
と言っても、俺は割と自由に生きている。
次男だったのはせめてもの救いである。
王になるのは兄貴に任せられるのだから。
しかし困ったもので、その兄貴が病に伏せてしまった。
王だなんだなど抜いても、仲のいい兄貴だ。心配ではある。
しかし、俺に出来ることは何もない。
だから、今日も俺は鎧を着こみ、剣を手に取ると、城の外へと向かったのだった。
しかし、その途中で嫌な人間と会ってしまった。
「あら、ごきげんよう」
兄の婚約者である。
名前は……なんだっただろうか?
いつも、お義姉さんと呼んでいるから忘れてしまった。
ただ、この人は"似ている"のだ。
結婚して、いなくなった叔母に。
叔母は、はっきり言うと、凄く嫌な性格だった。
目的の為には、なんでもするような人間だった。
だから、いなくなってホッとしていたのだ。
だけど、どこが似ているのか?と言われてしまうと困ってしまう。
似ているというのは、俺の直感でしかない。
だから、兄上との結婚だって反対出来ないし、"嫌そうな顔だって見せれない"のだ。
「これは義姉さん。兄さんの見舞いですか。毎日ありがとうございます。それでは」
俺は口早にまくしたてると、さっさとその場を去ってしまう。
理由は言うまでもないだろう。
嫌な事は忘れて、俺は街へと繰り出した。
♦
「おお!ゼンドリック王子!今日もご機嫌ですな」
「またモンスター退治ですか?」
「その前に何か買って行っておくれよ」
街に出ると、そんな風に、俺にはたくさんの声がかけられる。
正直に言うと、複雑な気分だ。皆、俺が"王子だから声をかけてくる"のだ。それは嫌である。だが同時に、皆に慕われているのは良い気分でもあるのだ。
「おう!あんたもな!」
「それが俺の生きがいよ!」
「じゃあなんか食い物をもらおうかな?」
俺はそれぞれに返事を返すと、ギルドへと向かった。
俺は王子でもあるが、冒険者でもあるのだ。
ギルドの扉をあけると、先ほどと同じようにたくさんの声をかけられた。
だが、俺の元へと駆け寄ってくるような人間はいない。
つまり、俺には仲間はいないのだ。
何回か人と組むことはあったのだが、どうしてもうまくいかない。それは俺が王子だから……。
だから、今は一人で依頼を受けて、一人で依頼をこなしている。
そんな悲しい状態である。
まあ、これはこれで自由で楽しいものではある。
「今日の依頼はこんなところですね」
俺が受付へ行くと、受付の奴が依頼書を並べて来た。
これは特別扱いである。
これも仕方がないのだ。
最初の頃は受付嬢が玉の輿を狙ってなのか、俺の所へ殺到したのだ。
それでは困るという事で、男の受付がいち早く俺の元に依頼書を持ってくるようになってしまった。
「どれがいいと思う?」
正直に言うと、俺としては依頼はなんでもいい。
モンスターの退治だろうが、屋根の修理だろうが、下水の掃除だろうが、なんでも受けている。
なんでも俺にとっては新鮮だからだ。苦労はするだろうが、達成感だって得られる。
「そうですね……少し遠いのですが、オーガが出て一時的に避難している村があるそうですよ」
それはいい。
人を守るのは"勇者"のやることだ。
勇者に憧れているわけではないが、冒険者と言うのは勇者に憧れるものなのだ。
「わかった。じゃあそれに行ってくる」
そして、俺はその依頼書を取ると、その村へと向かったのだった。
♦
俺は歩いて目的地へと向かった。
馬車で行こうかと思ったが、歩くのもまた悪くないかなと思う。
馬車で依頼場まで行く冒険者もあまりいないだろうから。
いや、場所にもよるか。
そんなことはどうでもいいのだ。
もうすぐ、目的地には着くのだから。
まずは、住民達の避難先である。
「おお、ゼンドリック王子!オーガを退治しに来てくださったのですか?」
目的地に着くなり、村長が俺にそう話しかけて来た。
この辺りにもたまに来るので、顔が知られている。もちろん王子としてではなく、冒険者として来ていたのだが。
「ああ、被害はないか?」
「村の近くに住み着いてしまっただけですので、まだ村には被害はありません」
それは良かった。
「じゃあ行ってくる」
俺はそう言うと、武器をその場に置いて、村へと向かう。
「ええ!ゼンドリック王子!何故武器を置いて行くのですか!」
何故ってそれは、
「一度オーガと素手で殴り合って見たかったんだ」
それだけの理由である。
だから、俺は鎧も脱ぎ捨てて、裸となってオーガ退治に向かったのだ。
♦
オーガというのは人間と似ているが、一つ目で、体長は人の5倍ほどもあるモンスターだ。
そんなモンスターと俺は対峙していた。
相手も裸なら、俺も裸である。
モンスターと言うのは、理知的な生き物はあまりいない。
特にオーガは、生き物と見るや襲い掛かって来る害獣である。
当然のように襲い掛かって来たオーガと、俺は手と手を合わせて"取っ組み合う"。
「足りねえなあ!」
しかしすぐに、オーガをひっくり返し、無防備となった頭を素手で潰したのだった。
「あっけなかったな」
この国に出るモンスターなどこんなものだろう。
いつかは国を放り出して、世界へと旅立ちたいものである。
だが、王族であるという事実は、そうも上手くはいかないものなのだ。
 




