オージェリン・ヴァスティーナその1
ヴァスティーナという国は、この辺りでは一番大きい国だ。
大きいのだから、当然一番権力も大きいと言っても過言ではない。
私はその国の、第三皇女として生まれた。
それが20年前の話である。つまり、私は今20歳になったのだ。
一番大きい国に生まれたのは運が良い事だが、第三皇女というのは頂けないと思う。
どうせなら、第一王子として生まれたかった。
何故なら、第一王子なら、王座が簡単に手に入るから――。
だけど、生まれを嘆いても仕方がない。
農民に生まれなかっただけ"マシ"だろう。
農民にのような下賤な民に生まれたのなら、今よりももっと越えなければいけない壁が多かったのだから。
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私は朝になり目を覚ますと、まず父の元へと向かった。
これは日課である。
私の父は、病で床に伏し、ながらく寝所から動けない生活を送っているのだ。
そんな父が、私は心配で心配で――なんて馬鹿な事は思わない。
私は城内では、完璧な皇女を演じているから、毎朝父のお見舞いに行っているだけである。
まあ、今死なれたら困るのも確かだ。
死ぬなら死ぬで構わないのだが、準備が終わってから死んでもらわないと困る。
私が父の部屋へ行くと、偶然兄に出くわした。
「やあオージェリン。毎日熱心だね」
私の大嫌いな兄のレーンだ。
嫌いなのは、こいつが第一王子だからだ。
「あら、お兄様だってそうじゃない?」
嫌いと言っても、私はそんな様子はおくびにも出さない。
「ふっ、俺は忙しいからたまにしか来んよ。オージェリンが毎朝来てくれて助かる」
この妙に良い性格もむかつくのだ。
だから、長々と話すつもりもない。
「では、私はお父様に会ってまいりますので」
私はそう言うと、そそくさと部屋へと入った。
部屋の中では、いつも通り多くの従者と母、そしてその中心で寝所で寝ている父がいた。
「おはようございます。お母様」
「おはよう、オージェリン」
私は挨拶を手短に済ますと、父の元へとすぐに向かう。
こんなところで時間をかけているわけにはいかないのだ。
「お父様。おはようございます」
父は眠っていることもあれば、起きている時もある。
しかし、私としては眠っている方が都合がいい。
その方がめんどくさくないからだ。
「おお、オージェリン。いつもすまないな」
だが、父は起きていた。
眠って置けよと思う。
「いえ、私、お父様の事が心配で心配で……」
ある意味心配なのは本当だ。
まだくたばってもらっては困る。
「お前の様な親孝行な娘を持って、私は幸せ者だよ」
それはそうだろう。私の様な出来た娘をもってお前は幸せ者だよ。
「ずっとここに居れたらよいのですが……」
もちろんそんなつもりはないが。
「お前にだってやる事が多かろう。私の事はいいから行きなさい」
そう、私にはやる事は多いのだ。
「ええ、それでは、また明日来ます」
そう言って、私は"名残惜しそうに"父から離れた。
「それでは、お母様。失礼いたします」
「ええ、今日も行くのですね?」
母はどこにとは言わない。
私が行く場所は決まっているからだ。
「はい」
「そうですか。あなたに限って何かあることはないと思うのですが、気を付けるのですよ」
もちろん言われなくても気を付ける。
本性がばれないようにな。
そして、私は部屋を出ると、そのまま城を出て、元々手配して会った馬車へと乗った。
私が向かう先は、私の婚約者がいる、ハレスレダ王国だ。
当然、婚約者に会う為に、私はそこへ向かうのだ。
♦
ハレスレダ王国は、この辺りでは、2番目に大きい国である。
私は、その国の第一王子と婚約しているわけだ。
つまり、我が国とかの国は良好な関係を築いているというわけである。
長い時間をかけて馬車に揺られ続ける。
国自体は遠いと言うほどのものでもないが、それでも行き来するのには時間がかかる。こればっかりは仕方のない事だ。
そしていつしか、ハレスレダ王国へと辿り着いた。
私が馬車から降りたところで、ハレスレダ王国の王子と出くわした。
「あら、ごきげんよう」
と言っても、第一王子であるセレームではない。
第二王子であるゼンドリックだ。
ゼンドリックは私の事を良く思ってない様である。
実際に今も、私に会ってしまい、嫌そうな顔を一瞬したのだ。
ただ、思い当た節はない。
「これは義姉さん。兄さんの"見舞い"ですか。毎日ありがとうございます。それでは」
そう言って、ゼンドリックはさっさと城の外へと出て行ってしまう。
放蕩息子と言わているだけの事はある。護衛もつけずに一人で城を出て行ってしまうだなんて。
しかし、ゼンドリックの言った通り"見舞い"である。
私の婚約者もまた父と同じように、病に伏してしまっているのだった。
もちろん始めからではない。
都合が悪い事に、婚約した後に病に伏してしまったのだ。
本当に忌々しい事だが、それは仕方がない。まだ病で死ぬと決まったわけではないし、やりようはあるだろう。
「それじゃあ行きましょうか」
私は従者たちを連れて、城の中へと入っていった。
この国には何度も来ているし、城の中も勝手知ったるものだ。
私が歩けば、兵達も頭を下げる。
そんな中を歩き、私は婚約者の元へと辿り着いた。
第一王子であるセレームは、私の父と同じように多くの人間に囲まれ、寝所に寝かされていた。
顔色は常に悪く、苦しそうな顔をしているのだ。
「オージェリン!」
しかし、私が来たのがわかると、顔は明るくなり、大きな声だってだすのだこいつは。
尻尾があるなら、尻尾だって振るのだろう。
私が長年かけて"調教"してやったからな。
「こんにちは、セレーム。元気そうじゃない」
私が近くによると、セレームは体だけ起こして、私に抱き着き、顔を私の豊満な胸に押し付けた。
周りに従者がいるというのにお構いなしだ。
「君がいないと寂しくて寂しくて……」
なんと情けない男だろう。本当にちんこがついているのだろうか?
「あらあら、赤ん坊みたいね」
だけど、私は頭を撫でて甘やかしてやる。
男って言うのは、こうしてわたしに"はまって"いくのだ。
と言っても、こいつはもう抜けられない程はまっているので今更だけど。
「ああ……オージェリン……」
病で弱っているのだろう。いつもこうだ。
そしていつしか、私の胸の中でセレームは眠っていくのだ。
そして私は、彼が眠るまで、頭を撫でてやるのだ。
こんな単純な事で、国の王子一人を堕とせるのだから簡単なものだ。




