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モルディエヌス・エイレストその2

 デヌティエ王国の姫の名前は、シェラミエといったはずだ。

 彼女は、美しい金髪で、目が大きくて、それにきめ細かい肌をしている。

 まさに、可愛らしいという言葉が相応しい女の子だろう。

 彼女の様な素晴らしい女性と結婚出来るだなんて、これほど幸せな事はないはずである。

 

 だけど、僕は侍女のデリアが好きなのだ。

 だから、この結婚はどうにかして断ろうと思う。

 

 でも、ふと見上げれば、"母様が見ている"のだ。


「こちらこそ、身に余る光栄です」


 だから僕は、そう言ってしまったのだ。


「"良く出来た息子"さんのようで、私も安心だよ」


 僕の作法に、デヌティエ王が上機嫌に笑った。


「ええ、"良く出来た息子"です。"今後"ともよろしくお願いいたします」


 そして、母様はそう返した。

 同じ言葉だけど、同じ意味ではないのだろう。


「シェラミエ。二人で話してきなさい。私はエイレスト王達と話していよう」


 そう言われて、シェラミエ姫は僕の元へと渡される。


「くれぐれも粗相のないようにね?」


 母様が僕に耳打ちをした。

 きっと後で、何を話したか、どんな事をしたか、全て聞いてくるのだろう。

 それは、たまらなく嫌で、恐ろしい事だけど、僕にはどうする事も出来ないのだ。

 

「はい、母様」


 そして、僕はシェラミエ姫の手を取ると、


「こちらへ」


 彼女と共に、その場を抜け出したのだ。

 せめて、母様から離れたかったから。

 二人で話して来いと言われたから、問題はないだろう。

 


     ♦



 とはいえ、僕はこの国の――この城の人間ではない。

 しばらく歩いたところで、大人ばかりの宴の中で、どこに行けばいいのか困り、立ち止まってしまった。


「あの……」


 そんな僕に、シェラミエ姫が声をかけてきた。

 勝手に連れ出してしまって、やはり不満があっただろうか?


「こちらへ」


 だけど、そういう感じではなかった。

 彼女は先ほどの僕と同じ言葉で、同じように僕の手を取ったのだ。

 だから僕は、彼女に導かれるままに、ついて行ったのだった。


 手を引かれて、彼女について行きながら、僕は考える。

 彼女は、今日会ったばかりの僕と結婚しろと言われて、どう考えているのだろうか?

 考えるまでもない。

 きっと嫌なのだろう。

 僕だって嫌――というわけではないのだけど、母様が決めたのなら仕方がないのだ。


 そんなことを考えている間にも、シェラミエ姫はどんどんと進んでいってしまう。

 それも、宴の席から離れて行き、人気のない方へと向かっている。


「どちらへ行かれるのですか?シェラミエ姫様」


 流石に、宴の席から離れすぎるのは気になってしまった。

 と言っても、僕達が主役とはいえ、大人達は自分達ばかりが楽しんでいるようだけど。


「すいません。モルディエヌス様は、人がたくさんいるところは苦手なのかと思いました……」


 何故そんなことを考えたのかはわからないが、だから、わざわざ人気のない所へと僕を連れて来てくれたというわけだ。

 でも、別に僕は人が苦手ということはない。確かに、僕のお城に、人は多いとはいえないかもしれないけど。


 しかし彼女は、困ったような顔で僕の事を見ている。

 自分が間違ったことをしてしまったのではないかと心配しているのだろう。

 それならば、僕の答えは一つしかない。


「そうですね。あまり得意ではありません。是非、シェラミエ姫様の望む場所へお連れください」


 僕の答えを聞いて、彼女の顔は一気に明るく、笑顔となった。

 その顔はなんだか、とても美しい。


「そんなに遠くではございませんので」


 そう言って、彼女は僕の手を再び引く。

 そういえば、手をつなぎっぱなしだ。

 デリアの優しい手とは違うし、母様の冷たい手とは違う。小さくて温かい手だ。この手は、僕は嫌いではない。

 僕の手は、彼女から見て、どんな感触なのだろうか?母様の子だから冷たいのかもしれない。そう考えると、すこし気分が沈んだ。


「ここです」


 しかし、その場所を見ると、そんな気持ちも吹き飛んだのだ。

 花壇である。花畑と言った方がいいだろうか?

 広い範囲に、辺り一面色々な花が咲き乱れていたのだ。


「素晴らしいですね」


 もちろん、僕のお城の庭にも、庭師が育てた花は咲いている。

 だけど、こんなにも見事ではないのだ。


「ありがとうございます」


 なんだか少しずれたような返事が返って来て、僕は戸惑った。

 でも、その答えは変ではないことにすぐに気づく。


「ここのお花は、あなたが育てたのですね」


 つまりはそういうことなのだろう。


「ええ、そうです」


 やはり、僕の予想通りであった。


「本当に凄いです」


 僕は重ねて彼女を褒める。

 実際に、これだけの量の花を管理するのはとても大変だろう。


「そんなことは……」


 そう言って、たくさんの花を背後に照れる彼女の赤みがかかった顔は、とても美しかったのだ。

 


     ♦



 僕達が、その花壇でしばらく話をしているうちに、かなりの時間が経ってしまっていたようで、デヌティエ王と父様と母様が、わざわざ迎えに来てしまった。

 これは良くない事である。


「申し訳ありません。話が弾みすぎてしまい」


 だから、僕はすぐさま謝った。


「おお、良いのだよ。お主ら二人が順調なのはいいことだ」


 デヌティエ王はおおらかな方である。

 その性格には助けられたのだけど……。


 "母様は笑っていた"。

 僕にはわかる。この笑い方は怒っていると。


 あとで怒られるのだろう。

 それは仕方のない事だ。

 時間を忘れて、"シェラミエ"と話しこんでしまったのは僕なのだから。


「もう、宴の席にいる貴族たちは解散しだしているよ。酔いつぶれている者もいるがな」


 父様がそう言った。

 つまり、もう我々も帰宅すると言いたいのだろう。


「そうですか。名残惜しいのですが……」


 これはお世辞ではない。

 シェラミエと一緒にいて、楽しかったのである。


「また来てくださいますか?」


 そう言われて、来ないと言える人間はいないだろう。


「ええ、もちろん」


 こうして、僕は別れの挨拶を済ますと、デヌティエ王国からエイレスト王国へと帰宅した。

 

 そして、母様に酷く怒られたのだ……。

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