表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

150/228

ジェヌ・アーレその5

 建国祭までは多忙な毎日であった。

 そして当然、当日も大変なのである。

 だから、私はしばらくの間、クレネッソの事など頭の中からすっぽりと抜けていたのだ。

 会うこともなかったしな。


 しかし、実際に建国祭でクレネッソの奴に偶然会ってしまったのだ。

 会ったというのは、少し変かもしれない。

 何故なら、私が挨拶をしようとしたら、クレネッソの奴は"するり"と私の横をすり抜けていってしまったのだ。

 

「ええい!同じ司教と言えど、失礼にも程があるぞ!」


 私の取り巻きの司祭がそう言うが、明らかにおかしい。

 クレネッソが挨拶をしてこなかったことなどないのだ。

 私の敵意や嫌がらせに気づいていながらも、それでも嫌な顔せずに挨拶してくるあいつが、私は憎くて憎くてたまらないというのに。

 つまり、我々に気が付かない程切羽詰まるなのかが、クレネッソの元にあったのかもしれない。

 

「一言言ってきてやりましょう!」

「待て」


 私は静かに、怒る司祭を静止した。

 こんな機会を逃す手はない。


「私が話してきましょう」

「は?しかし……」


 やる仕事は山積みだ。

 しかし、最悪最後の式典にさえ出ればいいだろう。


「すぐに戻ります」


 そう嘘をついて、私はクレネッソの後を追いだしたのだ。

 言い訳など、あとでいくらでもできる。

 


     ♦



 クレネッソは、一体どこに行くのかもわからない。

 早足で、どんどんと進んでいくため、追いかけるのでさえ大変だ。

 それに、国のはずれへと向かっているように感じる。

 おそらく、自分の仕事もほっぽりだしているのだろう。


「おいおい……」


 なんとか追いかけ続ける私だったが、クレネッソはなんと、国のはずれどころか、国の外まで出て行ってしまった。

 しかも、出ていった先は、国の裏の、誰も居ないような山の中だ。


 流石の私も、こんな道もないような山の中に入るのは迷ってしまう。

 しかし、クレネッソはお構いなしに進んでいってしまう。


 絶対に何かがおかしいのだ。

 初めてクレネッソの弱みが見つかるかもしれないのだ。


 そう思い、私は意気込むと、クレネッソの後を追いかけるのだった。

 


     ♦



 しかし、私はクレネッソを見失ってしまったのだ。

 当たり前だ。猿ではあるまいし、山の中になど入ったことがない。

 

 クレネッソを見失ってから、結構な時間も経ってしまっている。

 最悪大声を出して、クレネッソに見つけてもらわないといけないかもしれない。

 その時には、様子がおかしかったので、心配してついてきてしまったとでも言おう。


 しかし、その瞬間、大きな音が私の耳に届く。

 何の音かはわからないが、とにかく大きな音だ。

 その音のする方に向かって、私は歩き出した。


 音の原因となる場所は、わりと近かった。

 しかし、そこには信じがたい光景があったのだ。


 魔族が――たくさんの魔族がいたのである。

 そして、クレネッソもいた。

 

 私は冷や汗をかきながら、逃げ出そうとした。

 まだ気づかれてはいないはずだ。

 静かにゆっくりと後ずさりを始める。


 しかし、ふと魔族の一人と目が合う。

 そして、次の瞬間には魔族は、槍を構えて襲い掛かって来たのだ。

 

「うわああああ」


 叫び、死を待つだけの私の目の前に、何かが飛び込んできた。

 いや、何かではなく誰かだ。

 魔族の突いた槍は、その誰かの腹を突き破り、私の目の前で止まった。

 止まったのは、その誰かが、腹を刺されながらも、手で掴んで止めたからである。


「ク、クレネッソ……」


 私を庇った、その誰かと言うのは、クレネッソであった。

 しかし、どう見ても致命傷である。


「逃げろ」


 クレネッソはいつもと変わらない声色で話した。

 考えるべきことはたくさんあった。

 何故魔族がいるのか?何故クレネッソがいるのか?何故こいつは私のことを庇ったのか?


 だが、私はそれら全ての思考を放棄して、言われた通りにわき目もふらずに逃げ出した。

 


     ♦



 道はわからない。

 だが、とにかく下へ下へと、下ったのだ。

 すると、家が見えて来て、私は山を下りることが出来たのだ。

 

 そこからも、ともかく走って走って、気が付いたら最後の式典場についていた。

 周りが騒がしい。

 そんな中で、法王様が目に映ったのだ。


「法王様!」


 私は反射的に叫んだ。


「なにかあったのか?」


 報告をしなければいけない。


「ま、魔族が!我が国に!」


 周囲が騒がしくなる。


 そんな中で、法王様は静かに話しかけて来た。


「落ち着け、それはどこじゃ?」


 どことなく落ち着くその声で、私は落ち着いてくる。


「え、ええ。それが……クレネッソ司教が!」


 違う。そうではないのだ。

 クレネッソ司教は、魔族に腹を貫かれて死んだのだ。

 しかし、法王様はそんなことは聞いていない。

 まだ私は動揺しているのだ。


「衛兵には話したかの?」


 ああ、それを最初にしなければいけなかったのだろう。

 だが、私は逃げ出したかったのだ。


「いえ、その……」


 ここまで来ても、私は自分の保身に走ってしまうのだ。

 失態をどう言い訳しようか考えてしまっているのだ。


「まあいいわい。案内してもらおうかの」

「はい!」


 私は、言われたままに法王様を案内し始めた。

 


     ♦



 道案内をする途中で、衛兵などが増えて行き、気が付いたら大所帯となっていた。


「ここです」


 そして、私はクレネッソが入っていった、国の裏の山へと辿り着く。

 しかし、ここからは道はわからないし、"行きたくもない"のだ。


「そうか、ごくろうじゃったな。後は儂らが……」

「私も行きます!」


 だが、気が付いたらそう言ってしまっていた。

 自分でも驚く。

 なぜこんなことを言ったのかはわからない。

 だがきっと、クレネッソが悪いのだ。

 あんな勝手に、私を庇って逃がすのだから。


「そうか」


 法王様は、それ以上何も言わずに、衛兵と共に山へと入ってしまった。

 私はその後からついていく。

 


     ♦



 そして、すぐに見つかったのだ。

 そこには大量の魔族の死体があった。

 しかし――


「ク……クレネッソは?」


 クレネッソの死体はなかったのだ。

 

「それは儂が聞きたいくらいじゃよ」


 そう言った法王様の足元に、私は"縋った"。


「ほ、本当にいたのです!クレネッソは!本当にいたのです!それで……私を庇って槍で貫かれて……」

「ああ。わかっておるよ。きっとこの魔族達もクレネッソが倒したのじゃろうて」


 確かに、クレネッソでなければ、"誰が"倒したというのだろう。


 だが、当のクレネッソは、雲のように"消えてしまった"のだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ