ジェヌ・アーレその5
建国祭までは多忙な毎日であった。
そして当然、当日も大変なのである。
だから、私はしばらくの間、クレネッソの事など頭の中からすっぽりと抜けていたのだ。
会うこともなかったしな。
しかし、実際に建国祭でクレネッソの奴に偶然会ってしまったのだ。
会ったというのは、少し変かもしれない。
何故なら、私が挨拶をしようとしたら、クレネッソの奴は"するり"と私の横をすり抜けていってしまったのだ。
「ええい!同じ司教と言えど、失礼にも程があるぞ!」
私の取り巻きの司祭がそう言うが、明らかにおかしい。
クレネッソが挨拶をしてこなかったことなどないのだ。
私の敵意や嫌がらせに気づいていながらも、それでも嫌な顔せずに挨拶してくるあいつが、私は憎くて憎くてたまらないというのに。
つまり、我々に気が付かない程切羽詰まるなのかが、クレネッソの元にあったのかもしれない。
「一言言ってきてやりましょう!」
「待て」
私は静かに、怒る司祭を静止した。
こんな機会を逃す手はない。
「私が話してきましょう」
「は?しかし……」
やる仕事は山積みだ。
しかし、最悪最後の式典にさえ出ればいいだろう。
「すぐに戻ります」
そう嘘をついて、私はクレネッソの後を追いだしたのだ。
言い訳など、あとでいくらでもできる。
♦
クレネッソは、一体どこに行くのかもわからない。
早足で、どんどんと進んでいくため、追いかけるのでさえ大変だ。
それに、国のはずれへと向かっているように感じる。
おそらく、自分の仕事もほっぽりだしているのだろう。
「おいおい……」
なんとか追いかけ続ける私だったが、クレネッソはなんと、国のはずれどころか、国の外まで出て行ってしまった。
しかも、出ていった先は、国の裏の、誰も居ないような山の中だ。
流石の私も、こんな道もないような山の中に入るのは迷ってしまう。
しかし、クレネッソはお構いなしに進んでいってしまう。
絶対に何かがおかしいのだ。
初めてクレネッソの弱みが見つかるかもしれないのだ。
そう思い、私は意気込むと、クレネッソの後を追いかけるのだった。
♦
しかし、私はクレネッソを見失ってしまったのだ。
当たり前だ。猿ではあるまいし、山の中になど入ったことがない。
クレネッソを見失ってから、結構な時間も経ってしまっている。
最悪大声を出して、クレネッソに見つけてもらわないといけないかもしれない。
その時には、様子がおかしかったので、心配してついてきてしまったとでも言おう。
しかし、その瞬間、大きな音が私の耳に届く。
何の音かはわからないが、とにかく大きな音だ。
その音のする方に向かって、私は歩き出した。
音の原因となる場所は、わりと近かった。
しかし、そこには信じがたい光景があったのだ。
魔族が――たくさんの魔族がいたのである。
そして、クレネッソもいた。
私は冷や汗をかきながら、逃げ出そうとした。
まだ気づかれてはいないはずだ。
静かにゆっくりと後ずさりを始める。
しかし、ふと魔族の一人と目が合う。
そして、次の瞬間には魔族は、槍を構えて襲い掛かって来たのだ。
「うわああああ」
叫び、死を待つだけの私の目の前に、何かが飛び込んできた。
いや、何かではなく誰かだ。
魔族の突いた槍は、その誰かの腹を突き破り、私の目の前で止まった。
止まったのは、その誰かが、腹を刺されながらも、手で掴んで止めたからである。
「ク、クレネッソ……」
私を庇った、その誰かと言うのは、クレネッソであった。
しかし、どう見ても致命傷である。
「逃げろ」
クレネッソはいつもと変わらない声色で話した。
考えるべきことはたくさんあった。
何故魔族がいるのか?何故クレネッソがいるのか?何故こいつは私のことを庇ったのか?
だが、私はそれら全ての思考を放棄して、言われた通りにわき目もふらずに逃げ出した。
♦
道はわからない。
だが、とにかく下へ下へと、下ったのだ。
すると、家が見えて来て、私は山を下りることが出来たのだ。
そこからも、ともかく走って走って、気が付いたら最後の式典場についていた。
周りが騒がしい。
そんな中で、法王様が目に映ったのだ。
「法王様!」
私は反射的に叫んだ。
「なにかあったのか?」
報告をしなければいけない。
「ま、魔族が!我が国に!」
周囲が騒がしくなる。
そんな中で、法王様は静かに話しかけて来た。
「落ち着け、それはどこじゃ?」
どことなく落ち着くその声で、私は落ち着いてくる。
「え、ええ。それが……クレネッソ司教が!」
違う。そうではないのだ。
クレネッソ司教は、魔族に腹を貫かれて死んだのだ。
しかし、法王様はそんなことは聞いていない。
まだ私は動揺しているのだ。
「衛兵には話したかの?」
ああ、それを最初にしなければいけなかったのだろう。
だが、私は逃げ出したかったのだ。
「いえ、その……」
ここまで来ても、私は自分の保身に走ってしまうのだ。
失態をどう言い訳しようか考えてしまっているのだ。
「まあいいわい。案内してもらおうかの」
「はい!」
私は、言われたままに法王様を案内し始めた。
♦
道案内をする途中で、衛兵などが増えて行き、気が付いたら大所帯となっていた。
「ここです」
そして、私はクレネッソが入っていった、国の裏の山へと辿り着く。
しかし、ここからは道はわからないし、"行きたくもない"のだ。
「そうか、ごくろうじゃったな。後は儂らが……」
「私も行きます!」
だが、気が付いたらそう言ってしまっていた。
自分でも驚く。
なぜこんなことを言ったのかはわからない。
だがきっと、クレネッソが悪いのだ。
あんな勝手に、私を庇って逃がすのだから。
「そうか」
法王様は、それ以上何も言わずに、衛兵と共に山へと入ってしまった。
私はその後からついていく。
♦
そして、すぐに見つかったのだ。
そこには大量の魔族の死体があった。
しかし――
「ク……クレネッソは?」
クレネッソの死体はなかったのだ。
「それは儂が聞きたいくらいじゃよ」
そう言った法王様の足元に、私は"縋った"。
「ほ、本当にいたのです!クレネッソは!本当にいたのです!それで……私を庇って槍で貫かれて……」
「ああ。わかっておるよ。きっとこの魔族達もクレネッソが倒したのじゃろうて」
確かに、クレネッソでなければ、"誰が"倒したというのだろう。
だが、当のクレネッソは、雲のように"消えてしまった"のだ。