リフィア・ジェールその6
今日も教会での仕事も無事に終わり、私はいつも通り祈祷を済ませると、いつも通りにエルミとシエスカと帰り道を辿っていた。
「なんか今日リフィア元気だったね」
エルミにそう言われたけど、どちらかと言うと逆だと思う。
「そうでしょうか?昨日はあまり寝付けませんでしたので、気が抜けないよう気をつけていたのですが」
いつもは寝つきは良すぎるくらいで、おかげさまで"すくすくと"育ってしまったのだけど。
「まあ、なんで寝付けなかったのかしら?」
シエスカに痛いところを突かれてしまった。
「それは、その……」
あまり言いたくないのだ。
恥ずかしいから。
「クレネッソ司教様のことでしょ。今日どうやって誘うか考えていたんだよ」
その言葉に衝撃を受ける。
それは考えていなかった。
「あ、あれ?」
「あら?考えていなかったようですね」
そんなにわかりやすい顔をしていただろうか?
「いえ、建国祭はクレネッソとどこにいこうかと考えていたので……」
「ああー。断られるとかは想定してないのかー」
考えなかったわけではない。
むしろ、断られて当然だろう。
クレネッソは、この国の数少ない司教なのだから。
「まあ、でもいいんじゃないかしら?」
シエスカの言葉に、エルミが何回も頷いた。
「そうそう、私達も考えて来たしね」
何も文脈が繋がっていないが、エルミには良くあることだ。
「何を考えてきたのですか?」
ただ、少なくとも良い予感はしない。
「そんな大したことじゃないわよー。あとは自然な流れに任せようって話したし」
私は聞いていない。
「でも、これだけは譲れなくてねー」
「ええ。リフィアは待ち合わせ場所はどこにするつもりなの?」
そう言われても、考えていなかった。
「いつも通り。私の家か、いつも会っている場所でしょうか?」
「それは駄目だよ!」
私の答えに、エルミがすぐに罰印を出してきた。
何も駄目な所はないと思うのだけど。
「待ち合わせ場所は、いつもと違うところにしないと、逢引きなんだから!」
シエスカにしては珍しく強い口調だ。
「そ、そういうものでしょうか?」
だから、私もその勢いに気圧されてしまう。
「うんうん。そういうものだね。だから、今日はちゃんと、家かいつもの所以外の場所を待ち合わせ場所にするんだよ」
急な事で、そんな場所はいまいち思い浮かばない。
「じゃあそういうことで」
「行ってらっしゃい!」
そう言われて、二人に背中を押される。
もう、二人と別れる場所に来ていたようだ。気が付かなかった。
「それでは、また明日」
「それじゃあね!」
「楽しみにまっていますよ」
いつもと変わらない道だけど、いつもと違う心持ちで歩くと、別の道に思えるのだった。
♦
そして、いつも通りに"早め"にクレネッソと会う道へと来てしまった。
いつもなら、ただ待っているだけだけど、今日はなんだか落ち着かない。
別に特別な事をするわけではない。
でも、一応髪が崩れていないのか確認をした。
前を見る。まだ来ない。
服に皺があったりしないだろうか?
まだ来ない。
昨日は考えすぎで眠れなかった。目にくまが出来ていないだろうか?
来た。
「クレネッソ!こんにちは」
少し変な声が出てしまった。恥ずかしい。
「ああ」
だけど、クレネッソは気にしていないようだ。
「どうかしたのか?」
いきなりそんなことを言われてしまった。
あれだけ何度も確認したのに、どこか変だっただろうかと急いで確認しなおす。
「い、いえ、どこか変だったでしょうか?」
でも、やはり変な所はない……と思う。
「いや、何もないならいい」
そう言われると、逆にとても気になってしまうのだ。
「教会の屋根は大丈夫そうか?」
でも、すぐにクレネッソは別の話題に変えて来た。
「え、ええ。お父様もお母様も喜んでいましたよ」
普通に返したのだけど、ここからどうやって建国祭の話に持って行こうかと考えてしまう。
でも、うまく繋げずに、間が空いてしまった。
「い、いい天気ですね」
咄嗟に出て来たのはそれだったのだけど、陽は沈み始めていることに気づく。
「そうでもありませんでしたね」
本当に何を言っているのだろう私は。
そう思い、落ち込んでしまう。
いつも通りでいいのだ。
クレネッソならわかってくれる。
「あ、あの!もうすぐ建国祭ですね」
だから、思い切って切り出した。
しかし、クレネッソは私の言葉に大きく動揺したようだった。
平静を装ってはいるが、見ればわかる。
「そうだな」
だから、続けようか迷ってしまった。
でも、今日はエルミとシエスカに背中を押されたのだ。
「それで……その日は忙しいとは思うのですが……クレネッソは時間は取れますか?」
断られる可能性の方が高いと思う。
去年なんかは、そもそも忙しいと思い、誘いもしなかったが、当日は忙しそうにしていたのを遠くから見るだけで、その場を去って、会いもしなかった。
「ああ……その日は……」
クレネッソを見上げれば、すぐにわかる。
断ろうとしている。
だから、少し悲しくなり、瞳が潤んでいるのが自分でもわかった。
「その日は――時間は――空けよう」
だけど、予想に反して、クレネッソは私の話を受けた。
「本当ですか?」
私は嬉しくてたまらなくなり、瞳からうれし涙が少し流れるのを感じる。
「ああ――本当だ」
無理をしているのではないかとも思う。
だけど、クレネッソは"正直者"だ。
出来ない事をすると言ったりはしない。
それなら、クレネッソの厚意を受け取るべきなのだ。
「それで、待ち合わせなんですけど……家の近くの広場でいいですか?」
待ち合わせ場所は迷ったけど、家の近くの広場にした。
ここならわかりやすい。
それに、ここで待ち合わせをしている男女を見たことがある。
「時間はどうしましょう?」
こればっかりは、クレネッソに合わせるしかない。
もっとも、その日は私の勤めている教会は来なくていいと言われている。
でも、少し寄らせていただくつもりだ。
クレネッソと二人で寄るのもいいかもしれない。
「昼頃だな……まだ建国祭まで時間はある。調整する」
色々と難しいのだろう。
「はい、わかりました」
だから、あまり長い時間でなくてもいいのだ。
「とても楽しみです。実はどこを回ろうか決めてあったのですよ――」
それでも、私はとても嬉しくなって、クレネッソの手を取る。
そして、昨日の夜、寝付けない程に考えた事を、クレネッソに伝え始めたのだった。