クレネッソ・オーダムその9
昨日は忙しい一日であったが、今日は特に何もない一日だった。
だから、何事もなく一日が終わり、私はいつものように帰路を辿る。
そして、いつものようにリフィアに会った。
だが、どうにもリフィアの様子はいつもと違かった。
なんというか、落ち着きがない。いつもは落ち着きがあり過ぎるくらいなのにだ。
だが、いつものように、私の姿を見つけると、リフィアは私の元へと駆けて来た。
「クレネッソ!こんにちは」
「ああ」
声色も、すこし上擦っているようだ。
「どうかしたのか?」
私の言葉に、やはり少し慌てた様子で、リフィアは服の裾を持ち上げたりして自分を見下ろす。
「い、いえ、どこか変だったでしょうか?」
リフィアは見た目の事を気にしているようだが、見た目はいつもと変わらない。
「いや、何もないならいい」
だが、これ以上問答しても仕方がないだろう。
話しながら原因を探ればいい。
「教会の屋根は大丈夫そうか?」
「え、ええ。お父様もお母様も喜んでいましたよ」
そわそわしているのはわかるが、これは正解ではなかったようだ。
最近の話なので、関係はあると思ったのだが。
「い、いい天気ですね」
確かに昼はいい天気であった。
しかし、もう夕方なので、陽は傾きだしている。
リフィアも見上げてから気づいたようで、
「そうでもありませんでしたね」
リフィアは気落ちしながら下を見て、訂正した。
しかし、すぐに、何かを決したように顔を上げ直した。
「あ、あの!もうすぐ建国祭ですね」
建国祭という言葉に、"ハッ"とさせられる。
最近はよく聞く言葉だし、今日も信徒達に話された。
だが、その度に、なんというか――心が揺さぶられてしまうのだ。
「そうだな」
だが、どれだけ心が揺さぶられようとも、私は冷静だ。
いや、そもそも魔族というのは、心が揺さぶられることはない。
「それで……その日は忙しいとは思うのですが……クレネッソは時間は取れますか?」
ああ、そういうことか。
意外ではある。
リフィアは私が"司教として忙しい"事は知っているので、こういう事は言ってこない。
そもそも、普段から無茶な事は言ってこないのだ。
だが、このリフィアが偽物と言うわけではないだろう。それは見ればわかる。
しかし、その日の私は、"誰よりも忙しい"のだ。
だから、断らなければならない。
「ああ……その日は……」
リフィアが下から見上げてくる。
瞳は潤み、唇は固く結ばれている。私が断ることをわかっているのだろう。
そして、私が断れば、この瞳から涙を流し、暗く沈んだ顔へと変貌するのである。
それでも、私は断らなければならないのだ。
「その日は――時間は――空けよう」
何故だ。
何故、私はこんな事を言ってしまったのだろう。
私の心はおかしいのだ。
今ならまだ、なかったことに出来るかもしれない。
「本当ですか?」
だが、その言葉を聞いたリフィアはとても眩しい笑顔となり、しかし、やはり瞳は潤んでいるのである。
「ああ――本当だ」
だから、とても否定は出来なかった。
「それで、待ち合わせなんですけど……家の近くの広場でいいですか?」
何故、家ではないのかはわからないが、それでいいだろう。
襲撃場所からは離れている。
「時間はどうしましょう?」
時間と言うなら、全ての時間が駄目である。
「昼頃だな……まだ建国祭まで時間はある。調整する」
だから、あと回しにしてしまった。
「はい、わかりました」
相変わらず、リフィアの笑顔は眩しい。
それとは対照的に、私の心の中は暗いのだ。
「とても楽しみです。実はどこを回ろうか決めてあったのですよ――」
そういって、リフィアは満面の笑みのままで、私の手を取る。
私にはこの笑顔を曇らせる事など出来なかった。
嘘まみれの私は、最後まで嘘をつくしかないのだろう。
そして私は、"果たせもしない約束"をしてしまったのだ。




