テオリアーノ・ヴェレ・ディーロその6
「よいしょ」
そう呟いて、儂はいつもの場所に座った。
今日は儂の他には誰も居ない。
「随分とお疲れだね」
誰も居ないと思ったのだが、後ろから突然話しかけられた。
振り向くまでもなく、あの変な仮面を被った奴だと分かる。
「急に話しかけおって。驚いたわ。心臓が止まったらどうしてくれるんじゃ」
と言ったが、実は驚いていない。
老人にもなると、多少の事では驚かなくなってしまった。
「はは、ごめんごめん」
その台詞からは、全く悪びれた様子はない。
「何かあったのかな?随分と"くま"が出来てるよ」
そのくまの原因は当然、昨日の終わらない会議だ。結局、朝方まで不毛な争いが続いてしまった。あいつらも爺だというのに、何故あんなにも元気なんだか。
それから仕事もあり、あまり眠れずに、ここに来たというわけだ。
「じゃから、ここに休みに来たのじゃよ」
「なるほどね」
そう言いながら、ピエロの仮面を被ったそいつは、儂の隣に座った。
それが合図になったかのように、儂らの見守っている先で、リフィアが姿を現した。
「なんだか、せわしないね」
その言葉の通りに、リフィアの様子はおかしかった。
何回も髪を触ったり、服を触ったり、それに、しきりに前方を確認している。
いつものリフィアは、まさに"おっとり"としているという言葉に相応しい、余裕のある動きをしているのだが、今日は違ったのだ。
「ふうむ……」
予想は出来る。
まず、間違いなくクレネッソ関連だろう。
そして、近くにある催し物と言えば、
「建国祭だね」
儂が言うよりも先に、ピエロが言ってきた。
「なんじゃ。興味があるのか?」
意外である。
あまり、そう言うものに興味はなさそうに見えるのに。
「僕はピエロだよ?道化師は祭りで観客を楽しませるものさ」
そう言われてみれば、この変な奴は、ピエロだったのだ。
「一応教会都市じゃからのう。そこまで馬鹿騒ぎはせんぞ」
まあ、一部では露店を出したり、多少は騒ぐかもしれないが。
「それは残念だね」
ピエロはそうは言うものの、あまり"残念そうには見えない"。
何かあるのだろうなと思う。
「儂も、お主の大道芸が見れなくて残念じゃよ」
だが、自分から話し出さないのであれば、わざわざ聞くようなことでもないだろう。
「じゃあ今見るかい?最近剣を呑み込めるようになったんだ。最初はえずいちゃって大変だったけどさ。今も入ってるんだよ」
急にピエロは機嫌よく話し出した。とても本当の話とは思えないが、どうにも本気に感じる。
少し見てみたいとも思ったが、クレネッソが姿を現したのが見えたのでやめた。
「残念じゃが、クレネッソが来たからの」
「そう……とても残念だよ」
今度は、"本当に残念がっている"ようだった。なんの差があるというのだろうか?
だが、今はリフィアとクレネッソの方である。
「やっぱりちょっと落ち着きがないね」
いつもと変わらず、二人は仲良く話しているように見えるが、確かにリフィアの方は落ち着きがない。
「それに、顔も赤いようじゃのう」
クレネッソもそれに気が付いたのか、頭に手を当てていた。リフィアは驚いて、一層顔が赤くなっているようだ。
遠くなので、声が聞こえてくることはないが、何を話しているのかは一目瞭然だ。
「クレネッソは鈍感じゃからのう……それも"仕方のない事"なのじゃろうが」
「そうだね」
そう答えたピエロの顔は見えないが、きっとにこにことしているのだろう。
いつものように、しばらく二人を眺めていたのだが、やはりいつもとは少し違う様子で話し、それから二人は別れた。
だが、残ったリフィアは"嬉しそう"である。
「上手くいったようじゃの」
ここからでは、何があったのかはわからないが、リフィアが笑顔を浮かべている。
それだけでいいのだ。
「……そうだね」
リフィアもいなくなったのを見守ると、儂は立ち上がる。
「さて、儂は行くとするかの」
「もう歳なんだから。ちゃんと休みなよ」
ピエロは、まるで孫のようなことを言う。
いや、儂には子すらいないのだが。
「それが出来たら楽でいいんじゃがのう……」
問題は山積みだ。やる事はたくさんある。
もういい加減歳なのだから楽になりたいものだ。
「それではの」
「うん、またね」
儂は友人に挨拶をすると、杖をついて歩き出したのだった。




