リフィア・ジェールその5
私は自然と目を覚ました。
まだ、陽が登りだす前の暗い時間帯だ。
いつもこんな時間に起きているわけではない。
でも、今日はこの時間に起きたほうがいいと思ったのだ。
静かに部屋を出ると、台所の蝋燭に火を灯す。
そして、朝食を作り出した。
もちろん、自分のためのものではない。
クレネッソのためのものである。
そうして、朝食が出来上がると、居間の蝋燭に火を灯し、クレネッソが起きてくるのを待った。
♦
しばらくすると、扉が開き、クレネッソが姿を現した。
「なんだ、起きていたのか」
黙って出ていくつもりだったのだろう。
私達に負担をかけないために。
「いえ、クレネッソが早くに出ると思っていたので」
だけど、そんな事はお見通しだった。
「なんでわかったんだ?」
それは不思議なのだろう。
昨日はそんな話もしていないのだし。
「なんとなくです」
でも、クレネッソの考える事などわかるのだ。
何故なら、"家族"なのだから。
「そうか。今日は緊急の会議があるんだ。それに、"他にもやる事"がある」
司教の仕事と言うのは、とても忙しいのだろう。
それは、私の想像もつかない程に。
「そうですか。朝食を作って置いたのですが」
だから、私は精一杯クレネッソを助けなければいけない。
「もらおう」
そう言うと、クレネッソは容器ごと朝食を取って、そのまま外へと向かう。
最初からそうなると思っていたので、持ち歩きやすいような容器を用意していた。
でも、もう少しゆっくりしていけばいいのにと思う。
「いってらっしゃい」
だけど、仕方がないのだ。
だから、止めることもなく見送った。
「ああ、いってくる」
昔は、こんな返事もしなかった。
だけど、最近は必ずしてくれる。
それが、たまらなく嬉しいのだ。
♦
私は祈っている。
毎日、仕事終わりに行っていることだ。
仕事が無い日は、自分の家の教会で行っている。
神への御恩を決して忘れることはない。
それは、私だけではない。
この国に住む人間"全員"がそうなのだ。
「そろそろ行きましょうか」
私が立ち上がり、振り向くとそこにはいつものようにエルミとシエスカがいた。
♦
「いやあ、今日は楽しみでさあ」
エルミがそう言うが、今日は特別な何かがある日だっただろうか?
「何かある日でしたか?」
しかし、いくら考えても私には思い浮かばないのだ。
「昨日はクレネッソ司教様と過ごしたんでしょう?」
「今日はその次の日ってことよ」
それは特別な日ではない。
日常なのだ。
「で、どうだったの?」
「同じ部屋で寝た?」
発想が私の父と同じである。
年頃の女性なのだから、恋の話が好きなのは仕方がない事かもしれないが、困ったものである。
「いつも通りでしたよ」
いつも通り、楽しい一日だった。
「あらら……」
「進展なしですか……」
家族なのだから当たり前だ。
「そういうのではありませんからね」
「いつも、そうは言うけどねえ」
エルミが指を立てて、私に近づく。
「クレネッソ司教様って人気があるんだよねぇ」
確かに、若くして司教になったクレネッソは誰にでも好かれる人間ではある。
「良い事ではないですか」
でも、人に好かれることは良い事だ。
「リフィアが考えているのとは違うんだよねえ」
どう違うと言うのだろう。
「女性に人気があるのですよ。クレネッソ司教様は」
それはわかっているし、同じだと思う。
「わかってなさそうだねえ」
「あの美形の顔にめろめろになっちゃう女性は多いんですよ」
確かに顔は美形かもしれない。
「でも、クレネッソはなんというか……不愛想ですよ?」
でも、優しいのだ。
「そうだけど、そこがいいっていう女性もいるんだよねえ」
「私もちょっと不器用な方は好みですよ」
そういう人もいるのはわかっている。
「ですが、クレネッソは忙しいですからね」
「そうだね」
「じゃあ例えば、その忙しいクレネッソ司教様が、忙しさの合間を縫って、リフィア以外の女性と会っていたらどう思う?」
それは……なんだか胸が締め付けられる想いだ。
「少し嫌かもしれませんね」
そう答えてしまって、失敗したと思った。
エルミもシエスカも"ニヤニヤ"としだしたのだ。
「その感情はもう家族のものじゃないよ~」
「素直にならないと、本当にそう言う事が起こってしまうかもしれませんよ?クレネッソ司教は人気ですからね」
本当にそうなってしまったら、私はどうすればいいのだろう?どうしてしまうのだろう?
「そう言われましても……」
私は困ってしまう。
「そこで!」
エルミが急に大きい声を出した。
「建国祭ですよ!」
シエスカもそれに続く。
「建国祭がどうかしたのですか?」
確かに、もうすぐ行われる予定ではある。
「クレネッソ司教様と二人きりで建国祭を回ろうってことよ!」
それは難しいだろう。
だって、クレネッソは司教なのだから、当日はとても忙しいはずだ。
だから、元々は誘う気はなかった。
「ですが……」
「クレネッソ司教様が、他の女の子と建国祭で歩いててもいいの?」
私の言葉を、すかさずシエスカが遮って来た。
しかし、それはないだろう。
……多分。
「誘うだけ誘ってみればいいじゃん」
「そうですよ。何もせずに後悔するよりはいいのですから」
後悔するという事はない。
でも……
「そうですね。誘うだけなら……」
私がそう言うと、エルミとシエスカは嬉しそうに手を叩き合った。
「今日は会えないんだっけ?」
「それなら、明日誘いましょう」
そう言われると、心の準備が出来ていない。
「そう急がなくてもいいのではないですか?」
「だめだめ!こういうのは早い方がいいよ!」
「それに建国祭はもうすぐですよ」
それでも私が迷っていると、エルミとシエスカは手を取り合ってくれた。
「大丈夫、私達が応援してるからさ」
「頑張ってくださいね」
「は、はい!」
その勢いに押されて、私は頷いてしまったのだった。