クレネッソ・オーダムその6
魔族と言うのは、手段を選ばずに人間を襲う。
恐らく、魔王様が我々を人間の姿に模して作ったのは、人間を欺くためだったのだろう。
そして実際に、我々は過去何度も人に化けて人間を襲って来た。
だから、私もいつも通りに人間に化ければいいだけだ。
まずは、馬車をもらい受け、モンスターを連れて教会都市へと向かった。
架空の人間を演じても良いのだが、その辺の人間を殺して入れ替わったほうが良いだろう。
そう思っていたのだが、魔王領を出て、最初に見つけたのは滅んだ村だった。
当然だろう。戦争が起こった後なのだから。
しかし、人の死体はたくさんある。このうちの一人に入れ替わるだけでもいいと考えた。
そのために、まずは村を散策する。
名前が書いてあるものがあればいいのだ。
それはすぐに見つかった。
日記帳だ。名前はクレネッソ・オーダムと書いてある。
すぐそばには恐らく、クレネッソオーダムと思しき死体もあった。
ちょうどいい、この名前でいいだろう。
そう考えたときに、何故だか私は笑みを浮かべてしまった。
自分の名前など、ずっと番号のままだと思っていたからだ。
少し日誌を読み進めると、ただの平民のようだ。ちょうどいいだろう。
馬車とモンスターを連れてきたのは、商人の真似事をするのも悪くないかと考えたからだが、必死に移住してきた平民の振りをすることにする。
馬車にその辺に落ちているものと、人間の死体をいくつかと、クレネッソの死体に、モンスターを詰めて、外から見えないようにした。
多少不自然でも、一時持てばいい。
そして、私は馬車を走らせた。
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何か所か、村のようになっている場所を抜け、国の内部へと入っていくのだが、モンスターに襲われた平民を演じるのには、あまり内部まで入るわけにはいかないだろう。
だから私は、人気のない場所に馬車を止めると、人間の死体をばらまき、更にモンスターを殺して回った。
あたかも、ここで戦闘があったかのように見せかけるために。
馬車も少し壊しておいた。
そして、おもむろに、自分の腹を素手で抉った。
魔族はこの程度では死なない。
私も被害者なのだ。
そして待つ。
待つ。
……人気がいないところを選び過ぎたかもしれない。
そう言えば、クレネッソの死体も適当に置いてしまったが、顔を知っている人間がいるかもしれない。
私はクレネッソの死体を自分の近くまで持ってくると、顔を潰した。
そして、やはり待つのだ。
♦
足音が聞こえる。
やっと誰か来たようだ。
今更移動も出来ないと困っていたところだ。
「誰か!誰か!いませんか?」
若い女の声だ。
「誰かいるのか?」
そう答えると、すぐに女は駆け寄ってきたようだ。
「大丈夫ですか!」
だが、少し立ち止まる。
ああ、死体に驚いているのか。
少しやり過ぎてしまったようだ。
逃げられてしまっては困る。
そう思ったのだが、女はすぐに私の元へと駆け寄って来た。
人間にしては気丈で助かった。
「酷い怪我……」
そうでもない。これくらいなら放っておけば治る。
だが、人間なら死んでいてもおかしくないだろう。
「ああ、大丈夫だ」
だから、少し苦しげな声を出した。
「とりあえず、私の家まで行きましょう!」
どうやらうまくいきそうである。
しかし、女は困っているようである。
何に困っているかは検討もつかない。
ああ、わかった。
私を連れて帰る方法がないのだ。
馬も殺してしまったのは失敗だった。
仕方がないので、私は馬車に手をつき立ち上がった。
「肩を貸してもらえば歩けそうだ」
そういうことにしておく。
「少し待ってください」
だが、まだのようだ。
「何かあるのか?」
心の底からそう思った。
「他の方は?」
見ればわかるだろうが、何を言っているのだろうか。
「ああ、私の用心棒として雇っていたのだが、向こうに3人。ここに1人いるだろう。これで全員だ。モンスターは何とか倒したのだが、私以外全員死んでしまった」
仕方がないので、先ほど暇だった時間に考えた設定を長々と喋った。
「すぐですから、頑張ってくださいね」
そう言って、肩を貸された。
やっとのようだ。
あまりにも遠回りではあったが、こうして私は教会都市の住人へとなったのだ。
そして、それはもちろん教会都市を滅ぼすためである。




