クレネッソ・オーダムその3
いつも通りの司教としての仕事を終わらせると夕方頃となる。
約束の時間だ。
特に問題もなく仕事が終わって良かった。
私は"歩き慣れた道"を歩き、リフィアのいる家へと向かった。
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リフィアの家は、国のはずれと言うほどでもなく、中心寄りというわけでもない、中途半端な所にある。
だが、だからこそ、ほどよく広くのどかな土地に、教会と家が建っていた。
そして、その家の方から、リフィアが出てきた。
いったいどうやって私が来たことに気が付いたのかはわからないが、リフィアは満面の笑顔で私の事を迎えた。
「お疲れ様です、クレネッソ」
司教の仕事程度で疲れる事はない。
「いや、疲れてはいない。すぐに教会の屋根を修理する」
だから、来て早々にそう言った。
「そうですか。でしたら、お父様を呼んできますね」
まるで、最初からそうなることを予想していたかの様な速さで、リフィアが家まで戻る。
すると、やはりすぐに、準備が終わった状態のジニズが出て来た。さらに、その後ろから、何故かリフィアとエイリンも着いてきている。
一度戻ったのだから、わざわざ出直してくることもないと思うのだが。
「おう!来たかクレネッソ!少し大きくなったか?」
そんなはずはない。
「もう!そんなはずないでしょう!ふふ!」
そう言ったのは、エイリンの方である。
さらに、何故か二人して、私の背中を叩いてきた。腰を痛めたと言っていたのに、ジニズは元気そうだ。
その様子を、リフィアは少し離れたところで、黙ってにこにこと見守っている。
何故こんな両親から、リフィアのような人間が生まれてくるのか理解に苦しむ。
まあ、人間と言うのは、そういうものなのかもしれない。
「暗くならないうちに始めていいか?」
と言っても、私は夜目が利くから、暗くなっても困りはしないのだが。
「おう、そうだな。それじゃあ悪いけど頼むぜ」
そう言って、ジニズは大工道具を渡される。
「それじゃあ、私達は夕飯の準備をしますね」
そう言い残して、リフィアとエイリンは家へと戻っていった。
一体何のために出てきたのだろうか?
私は、重いはずの大工道具を軽々しく持ち上げると、軽やかに跳び、あっさりと教会の屋根へと登る。
これは別に、教会の屋根が低いというわけでもない。
教会としてみれば、そこそこ立派だろう。
「おお、相変わらず。すげえなぁ」
ジニズが、下から見上げるような姿勢をとって、そう言った。
「魔法を使ってるからな」
魔法など使っていない。
つまり、嘘だ。
だが、そう言うことにしておく。
私はすぐに、屋根の修理に取り掛かった。
もう私の位置からは、ジニズは見えない。
しかし、それでもジニズは話しかけてくる。
「なあ!クレネッソよ!男二人になったらよ!何話すかわかるか?」
私に聞こえるように、凄い大声でジニズは話しかけてくる。
男も女も関係なく、二人で話すことは、私にはよくわかる。
よく信徒が、私に向かって、二人きりで懺悔をするのだから。
つまり、
「秘密の話だろう」
そういうことになる。
だが、ジニズの大声では、秘密の話にはならないだろう。
「それでよ――」
それでも、ジニズは勝手に話を進めてしまう。
本当に、秘密の話になっていると思っているのだろうか?
「リフィアとはどうだ?もう口付けくらいしたか?」
もう何回も聞いた話だ。
どうも、ジニズとエイリンは、私達を恋仲にしたいらしい。
私は、"それも悪くないと思っている"。
何故なら、司教ともあれば、結婚くらいはしておいた方がいいと言われることもあるからだ。
そう言えば、法王様にもそういう類の事を言われたことがある。
「いや、そういったことはしていない」
しかし、今のところ、リフィアと特に何かをしたわけではない。
「ええ!お前よく我慢できるなあ!うちの母ちゃんに似て美人だし、なにより――」
ジニズは急にもったいぶって、そして言った。
「ぼいんぼいんだぞ?」
ぼいんぼいんというのが何かはわからないが、体つきが豊満と言う意味だろう。
しかし、私はそう言ったところには、"全く興味がない"。
「忙しい身だからな」
何かを断る時は、大抵こう言う風になってしまった。
実際に司教と言うのは忙しい。
「かぁー!お堅いねえ!」
ちょうど会話が終わった辺りで、屋根の修理を終わる。
私は屋根から飛び降り、ジニズのすぐ側に着地した。
「司教だからな」
そして、家へと歩き出す。
「司教がお堅いのは当たり前か……それはそうかもしんねぇな……って、ちょっと待ってくれよ!」
後ろからジニズが慌てて追いかけてきているようだ。
家はすぐそこだから慌てる必要もないし、痛めた腰にだって悪いというのに。