ジェヌ・アーレその2
司教の一日は退屈だ。
早朝に起きて、まずは祈祷をする。
目を瞑っている間は、だいたい朝食や、今日の予定の事を考えている。
わざわざ朝から祈祷をする必要はないのだが、私が敬虔な司祭であることを示さないとならない。
昔は早朝に起きるのは辛かったが、最近はそうでもなくなってきた。歳老いたからだろうか?いや、まだまだ若いはずだ。
これが終わったころに、私の派閥の司祭達が群がって来る。
「ジェヌ司教様!今日も素晴らしい祈祷でしたぞ!」
当たり前だ。何と言っても、私がやっているのだから。
この取り巻きが私の権力の象徴でもあるのだが、少々うざったい所でもある。
こいつらがいるせいで、中々好き勝手が出来なくなってしまったとも言えるのだが。
取り巻きをつれて食堂で食事を取り、その後は、懇意の教会を回ったり、信徒に高貴な話をしてやったり、何か催し物があればその準備の確認をしたり、とこのくらいだ。
毎日この繰り返しで、はっきり言って退屈である。
催し物は、その日それぞれで、今は建国祭の準備があるが、これを頑張っても私の評価が上がるというわけでもないので、適当にやっている。だから退屈なのには変わらないのだ。
「さて、行くとしようか」
そんな退屈な日々に、私は向かう。
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そして、夜になると、司祭達と別れ、自室へと向かう――
ふりをして、私は人目を憚りながら、教会の外に出た。
さらに、やはり、人目を気にしながら、歩いて行く。
そして、足を止めた場所には、普通の恰好をした町民がいた。
しかし、当然ただの町民ではない。
「どうだ?」
この町民は、町民の振りをした間者だ。
私の敵であるクレネッソ・オーダムの監視を任せてある。
当然、こんなことを他の人間に知られるわけにはいかない。だから、見つからない様に報告を受けに来たのだ。
「はい、こちらに。やはり、変わった様子はありません」
そう言いながら渡された書簡を読む。
特に変わり映えのしない内容だ。
忌々しいクレネッソの奴めは、怪しい事は間違いない。
特に怪しいのは、私が放った間者をたまに捕まえることだ。
自分を付け回す怪しい奴として、教会に突き出してくるのだ。
だが、普通の人間にはそんなことはできないはずだ。腕が立つで済ませられるものなのだろうか?
複数人つけても、全員捕まえられてしまったこともある。
そして、捕まえられてから、次の間者を放つ間には、奴が何をしているのかわからないのだ。
間違いなく、何か違法な事をしているはずだ。
でなければ、あんなに若くして、司教になどなれるはずがない。
"法王の推薦"があったのも怪しい。
上手くいけば、奴ごと法王を引きずり落とせるかもしれないのだ。
しかし、いくら調べても弱点が見当たらない。
出自も調べた。確かにクレネッソ・オーダムという信徒はいたようだ。クレネッソがいた村は、魔王軍との戦いで滅んでしまったようだが、そんな村はいくらでもある。
「あの?どうなされました?」
間者が声をかけてくる。
きっと、私の顔は怒りで真っ赤なのだろう。
しかし、すぐに平静を取り戻した。これが出来るから私は司教になれたのだ。
「いや、なんでもない。今日の奴はどうだった?」
当然、今日の動向も、渡された書面には書いてある。
しかし、聞きたいことがあるので聞いた。
「はい、今日も司教として――」
「ああ、いい、いい、その後の話だ」
いつもと変わらないところはいいのだ。
「はい、夕方頃からリフィアという女性の家へと向かい、そのまま泊まっているようですね」
これが凄く大事なのだ。
「顔は?寝る部屋は別々か?」
「顔?ですか?いつも通り平然とした顔でした。顔色一つ変えません。それと部屋は別々でした」
やはり、"いつもと変わらない"ようだ。
奴がリフィアという女と親しいのは知っている。
だから、リフィアという女に何かしてやろうかとも考えた。
例えば私が権力を盾に手籠めにしてやろうかとも考えた。これは、私があと20歳若ければやっていたかもしれない。
他には、事故に見せかけて怪我をさせてやろうとか、いっそ殺してしまおうかとか。
だが、どれも前提として、クレネッソがリフィアという女に特別な感情を抱いていないといけないし、リフィアを殺したとしても、クレネッソが司教の座から落ちるとは限らないのだ。
"あの"クレネッソが、悲しみに暮れて仕事に手がつかないなんて言う状態になるとも思えない。
それを考えると、どの案も見返りが少なすぎて、どうにも着手しづらい。
なんにせよ、報告を聞く限りでは、クレネッソがリフィアにそこまで特別な感情を抱いているかは不明だ。
そもそも、奴が女に興味があるのかも不明だ。
腹が立つ事に、奴は女から好意をもたれやすい。しかし、誘われてもことごとく断っているのだ。
もしかしたら、"そっち"の人間なのかもしれない。
「あの……」
おっと、また考え込んでしまったようだ。
「ああ、もういいぞ。ほら金だ」
私は、少し惜しみながら金の入った袋を渡した。
いつも金を出し惜しんでいるわけではない。
ただ、こいつもそこそこ長い。周期的に予測するとクレネッソに捕まる頃だろう。そうなると、この金も無駄になるというわけである。そう思うと惜しむのも普通だろう。
私は、間者が消えるまで待つと、教会への帰路を辿る。
今回も有効な情報は得られなかった。
しかし、時間はいくらでもある。根気よく奴を追い詰めていけばいいのだ。




