テオリアーノ・ヴェレ・ディーロその4
儂はこの国の現状について、ゆっくりと語り出した。
「ある日突然。魔王軍が現れたという噂が流れだした」
他の国でも同じようなものなのだろう。
「それを、あなたはどう思ったんだい?」
「もちろん嘘じゃと思ったわい」
魔王など、もう何百年も前の話だし、じじいの儂だって魔族すら見たことがなかった。
だから、魔王軍が現れたと言われても、嘘だと思うのは当然だろう。実際にこの国だけではなく、他の国だって嘘だと思ったはずだ。
「しかし、本当だったといわけだね」
それを本当だと思っていても、何もできなかっただろう。
それに――いや、これは……。
「それに気が付いたのは、実際に魔王軍に国が襲われてからじゃった」
この国は呑気な国だ。神に祈りを捧げているだけの国だ。
だから、襲われるまで気が付かなかった。
「でも、この国はまだあるよね?どうなったんだい?」
「ああ、国民は戦ったのじゃよ。いや、少し違うの。信徒達が戦ったのじゃよ」
その二つは、"全く同じ"意味である。何も変わらない言葉だ。
「どういうことかな?」
ピエロが疑問を抱くのも無理はないだろう。
説明もしづらい。
「国民は皆、神の名のもとに戦ったのじゃよ」
まだわからないだろう。
儂は立ち上がる。
そして、大仰に手を広げて、続きを語った。
「神の為に。神に愛されている。神が救ってくれる。死んでも天国に行ける。命は平等だ。痛みは戒めでしかない。神の裁きを。神の示した道だ。痛みは罪だ。魔王は神の敵だ。神の祝福を。魔族に安息を。死は救済だ」
そして、儂は手を下ろした。
「こういう"くだらないこと"じゃよ」
そこまで喋って、儂は再び座る。
「くだらない……ね」
ピエロが肩をすくめた。
「この国に長く住んでいるのに、あなたは神を信じていないのかな?」
信じていないわけではない。しかし――
「こんなに長く生きていて、一度も神に助けられたことなぞないからのう……」
そして、こんなにも神を信じて死んでいった信徒たちを目の当たりにもした。
神の存在を疑いたくもなるものだ。
儂がこんなことを考えてはいけないのだろうけども。
「神に助けられた……ね」
ピエロは空を仰ぐ。
なにかあるのだろうか?
「すまないね、話の腰をおってしまって、それでどうなったのかな?」
しかし、語る気はないようだ。
それなら、こちらからも何か聞く気はない。
「そして、死どころか、痛みをも恐れずに、老若男女すら関係なく戦った信徒たちは、大量の犠牲を出しながら、魔王軍を撃退したのじゃ」
「一度だけ?」
「いいや、何度も何度も」
そう、そしてその間に、どれだけの犠牲者が出たのかわからない。
「そしていつしか、無限とも思えるほど湧き出てくる儂らに恐れをなしたのか、魔王軍はあまり攻めてこなくなったのじゃ」
と言っても、魔王領付近には、きちんと信徒達が防衛を張って、ずっと見張っている。
「だから、今は平和なんだね」
他の国に比べたら平和なのだろう。
だが、いつ崩れるかわからない平和だ。
「恐らく、魔王軍はやり方を変えたのじゃろう。例えば、"別の国を先に滅ぼそう"とかの」
それは例えば、アジェーレ王国とかだ。
しかし、最近、アジェーレ王国は魔王軍の第一軍団を倒したようだ。
喜ばしい話ではあるが、この国には関係ない。
そう、"関係ない"のだ。
「一時的な平和でしかないということだね。法王様はどうするつもりなのかな?」
そう聞かれても"困ってしまう"。
「さあのう……いくら長く生きていても、法王の考えまではわからんよ」
「おじいさんの予想で構わないよ」
はっきり言うと、かなり気の進まない話である。
が、しかし、話さないと大人しく話を終わらせる気はなさそうでもある。
だから儂は仕方なく話す。
「おそらくじゃがの。法王は"何もせん"よ。そもそも、魔王軍が責めて来た時だって何もしておらんからの」
例えば、アジェーレ王国から来た協力ですら断っているのだ。
「へえ、それは何故かな?」
やはり、そう言われても、儂は困ってしまうのだ。
「さてな……そもそも法王にそんな権力はないんじゃよ。ただの爺じゃからの」
いつ死んでもおかしくない、ただのよぼよぼの爺だ。
「それは困るね」
ピエロが何に困っているのかわからないが、困っているのは儂の方である。
「おっと時間じゃな」
困った儂は逃げることにした。
いや、実際に長々と話していたため、良い時間ではあるし、話の区切りも良い。
「それは残念だね」
「すまんのう。そうそう、明日は来れんからの」
どうしても外せない用事がある。
「そうかい?それなら、またいつか」
「ああ、またいつかの」
このピエロは、たった二日しか会っていない友人である。
また会うかもしれないし、会わないかもしれない。
そんな曖昧な挨拶をして、別れたのだった。




