テオリアーノ・ヴェレ・ディーロその3
杖をつく音が聞こえる。
もちろん、これは自分で出している音だ。
昔はなかった音だが、いつしか聞き慣れ、気にもならなくなってしまった。
その音を鳴らし、儂はいつもの場所へと辿り着いた。
そこには、昨日会ったばかりの友人がいる。
ピエロの仮面を被ったこやつは、街並みに全く溶け込んでおらず、人によってはこやつを見たら教会まで助けを求める人もいるかもしれない。
と言っても、ここにはあまり人気がない。
「やあ」
だがピエロは、別に変な事はないとでも言いたげに、片手を上げて普通に挨拶をしてきた。
「よっ」
だから儂も、同じように片手を上げて、普通に挨拶を返す。
そして、長椅子の隣に座った。
「こう言ってはなんじゃがの。お主暇なのか?」
今は夕方だ。儂が昼頃に、"上"から見たときも、こやつはここに座っていた。
「まさか。実は忙しいんだ」
ピエロは大げさに手を上げる。
「忙しい奴はこんなところに来ないんじゃがのう……」
自分で言ったことだが、その理屈で言うと、儂も暇だという事になってしまう。
「それだと、あなたも暇なことになってしまうね。でも、あなたも忙しいのではないかい?」
なるほど、そこを指摘してくるだけではなく、逆手に取って来た。
ここで儂が忙しいと言えば、こやつも忙しい事になる。
だが、そうはいかない。
「ほっほっほっ、爺は暇なものじゃよ」
本当は"忙しい"のだけど、儂はそう言い返した。
「へぇ、意外だね」
儂が忙しい人間に見えるという事だろう。
こんな足腰も立たないような、しわしわの老人が忙しいわけなかろうて。
だが、こんな事を話しに来たわけではないので、反論しなかった。
そして、いつも通り、"あの場所"を見ているのだが、
「彼ら、来ないね」
時間ばかりが過ぎて、ピエロがそう呟いた。
もう来てもおかしくないはずの時間なのだが、何故だかクレネッソとリフィアは来ない。
「まあ、こういうこともあるじゃろうて」
二人とも来ないという事は、二人でどこかに行ってしまっているということだろう。
それは、儂にとってとても嬉しいことなのだ。寂しくもあるのだけど。
「こういう時の為に、お主がいるのじゃぞ?」
そう言って、ピエロに目配せをする。
ピエロは困るだろう。
向こうからしてみると、昨日偶然会ったばかりだというのに、一体何を言い出すのだろうという話である。
つまるところ、儂は昨日会ったばかりの友人に、儂が何を言いたいのか察しろと、無茶な要求をしているのである。
儂が要求しているのは、凄く簡単な事で、クレネッソとリフィアが来ないのなら、お主が話し相手になって、時間を潰させろと言っているのである。
いや、言っていないがの。
「それは、僕の台詞だね」
しかし、困ったのは儂の方であった。
このピエロは、"一体何を言い出すのだろう"。
そう思った。
だがつまり、儂に自分の話し相手になってくれと言っているのである。
「それは、同じ事なんじゃないかのう?」
儂がピエロの話し相手をするのも、ピエロが儂の話し相手をするのも同じである。
「いいや、違うよ。僕は、この国の話が聞きたいんだ」
あくまで、ピエロの方が主体で話をしたいということのようだ。
「まあ、いいじゃろう。何でも聞くと良いぞ。儂の知っている範囲ならの」
「謙遜するね。あなたは、この国に長く住んでいるようだからね。なんでも知っているのではないかい?」
ああ、そう言えば、昨日長く住んでいると言ったかもしれない。
それで、儂に話を聞きたいと言っているのか。
「なんでもではないんじゃが……お主のような若者よりは詳しいかのう」
「僕なんて法王様の顔も知らないんだ」
それはおかしい。
「法王の顔なら、銅像が沢山建っておるじゃろう」
女神様の像よりは少ないだろうが、"無駄"にたくさん建っているのだから、目にしないわけがない。
「そうだね。でも、建っている像は若い姿だったりで、結構バラバラでさ。今の姿はわからないんだ」
そうだろうか?そんなに違うだろうか?
「ふーむ、まあ、法王の顔なんてどうでもよいじゃろ」
「そうだね」
即答された。
「そうじゃそうじゃ」
儂は愉快に合いの手を入れながら笑った。
そして、ひとしきり笑うと、聞き直す。
「それで、なんの話が聞きたいんじゃ?」
この国の歴史は短い、建国して80年ほどだろうか?
国としては短い歴史でも、人間が言葉にするには長い。
だが、予想はついている。
「それは――この国と魔王軍の話について聞かせてもらっていいかな?」
やはり、その話になるのだろう。
「そうじゃのう……それでは、始めから話そうかの」




