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リフィア・ジェールその2

 私は足早に目的地に向かう。

 早く行く必要はない。

 クレネッソが早く来ることも、遅く来ることもないのだから。

 でも、自然と足が前に出てしまうのだ。


 そして、いつしか目的地の道端へと着く。

 実は、待ち合わせをしているわけではない。

 ただ、クレネッソが司教になり、忙しくて会えない日々が続いたので、どのくらいの時間に帰るか聞いただけだ。

 それからは、ずっと、この道で毎回彼を待っている。


 この道を選んだ理由は、人気がなく、立ち止まっても周りに迷惑がかからなそうで、私の勤める教会から近めの場所だからというだけだ。


 私はクレネッソが来る方向を眺めながら、髪を整えたり、身だしなみが崩れてないかを確認する。

 例え家族相手でも、みっともないところは見せられないからだ。


 そうしているうちに、時間通りに、クレネッソが姿を表した。

 私は、彼の名前を呼び、駆け寄る。


「クレネッソ!」


 少し大きい声を出し過ぎてしまったかもしれない。はしたないだろうか。

 しかしクレネッソは、立ち止まりこそしたけど、黙りっぱなしだ。


 私は、彼の近くで立ち止まり、彼を"見上げる"。

 背の高い私よりも、彼は更に高いのだ。


 そして、頭を下げて挨拶をした。

 しっかりと挨拶をすることは大事である。


「今日もお疲れ様です。今日はどうでしたか?」


 いつも聞く言葉だ。


「普通だったな」


 そしてこれも、いつも帰って来る答えである。


「ふふっ、いつも普通ですね」


 それでも毎回聞くのは――何故だか自分でもわからない。

 もしかしたら私は、変わらない日々が好きなのかもしれない。

 だから自然と笑みも浮いてしまう。


「すまない」


 昔と違い、彼は「すまない」と言うようになった。

 きっと、自然と身に着けたのだし、司教になるためには必要だったのだろう。

 だけど、それが良い事なのか私にはわからない。


「いえ、普通という事は、平和という事ですから、良い事ですよ」


 と言っても、クレネッソの言う普通というのが、本当に"普通"なのかわからない。

 多分、色々あったのだろう。

 よくあるのは、モンスター退治をしたりとか、平和ではないことだ。


「リフィアは、どうなのだ?」


 どうと言われて、今日あったことを考える。

 まず必ずするのは祈祷だ。これは、何よりも大事なことだ。もちろん一度だけではなく、何度も祈祷する。

 他には、礼拝に来た方々の相手をしたり、教会を掃除したり、調理をしたり――


「ふふっ……」


 私は自然と笑いだしてしまう。

 これはつまり、"普通"なのだ。


「どうした?」


 クレネッソが無表情で聞いてくる。

 彼からしてみると、何も言わずに、私が急に笑い出したので、変に見えたのだろう。


「いいえ、私も普通です」

「そうか」


 短い返事だけど、クレネッソには伝わったのはわかる。

 だから、私はずっとにこにことしているのだ。


「ところで、ちゃんと食べていますか?」


 ふと思いついて、そう聞いた。

 彼が司教になってからは、よく聞く言葉だ。

 放っておくと、全然ご飯を食べない事もありそうだからだ。


「ああ、食べているよ」


 クレネッソは不思議な事に、顔色や体型が全然変わらない。

 だから、見た目からは、ちゃんと食べているかわからない。

 でも、クレネッソが食べているというのなら、間違いないのだろう。


「ジニズとエイリンは元気か?」


 父と母の事だ。


「ええ、元気すぎて困るほどです。お父様なんて、今日は教会の屋根の修理をしようとして、腰を痛めたのですよ」


 本当に困ってしまう。

 修理を頼むくらいのお金はあるのに、年甲斐もなく自分でやりたがるのだから。


「それで、屋根の方は修理できたのか?」


 家は、古い教会なので、屋根に穴が空くくらいは仕方がない。

 まだ、雨がふっていないのが救いだ。


「いいえ、まだです」


 今のところ困ってはいないけど、教会に穴が空いているという状態はよろしくない。


「それならば、明日私が直しに行こう」


 そういうつもりで話したわけではないので、私は驚いてしまった。

 でも、よく考えると、そういうつもりで話したように思われても仕方がないかもしれない。


「え!ですが、クレネッソは忙しいでしょう?」


 司教と言うのは、この国で2番目に偉い人だ。

 やる事がたくさんあるはずである。

 だから、断ろうと思った。


「ああ、だが、すぐに終わらせればいいだろう。それに――リフィアのご飯も久しぶりに食べたい」


 なんだかとても嬉しい事を言われてしまった。


「そ、そうですか」


 顔が熱くなるのがわかる。

 きっと、私の顔は赤いのだろう。


「お父様と、お母様も、喜びます」


 でも、そう言われたら断るわけにはいかない。

 私は平静を取り戻すと、彼に返事をした。


「ああ、夕方の少し前に伺うよ」


 ちょうど、今くらいの時間だ。


「ええ、それでしたら、今から準備しないといけないですね」


 本当はもっとクレネッソと話したいことはあるのだけど、それは明日話せば良くなった


「ああ、それでは、また明日」 


 だからか、クレネッソの方も、別れの挨拶をしてくる。


「ええ、また明日。楽しみにしていますね」


 別れはいつも寂しい。

 でも、今日は楽しみな気持ちの方が大きい。

 

 クレネッソの背中に手を振りながら、私は考える。


 まずは、明日の献立を考えないといけない。

 それから、買い物をして帰って、両親に明日クレネッソが来ることを伝えないといけない。

 きっと二人とも喜ぶだろう。


 クレネッソが見えなくなったころに、私は高揚した気持ちのまま、市場へと向かうのだった。

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