クレネッソ・オーダムその2
私の顔を見て、彼女はこの上ない笑顔になる。
「クレネッソ!」
そして、私の名前を呼び、ゆっくりと私に近づいてきた。
私はその間、黙って立って待っている。
彼女は私の目の前で立ち止まり、頭を下げた。
「今日もお疲れ様です。今日はどうでしたか?」
どうという事はない。毎日同じ日々だ。
「普通だったな」
彼女の名前はリフィアと言う、私のこの国での初めての友人である。
そして、私は彼女には返しきれないほどの恩があるのだ。
だから、彼女の言う事は出来る限り聞くことにしている。
と言っても、彼女から我儘な事を聞くことも滅多にないが。
「ふふっ、いつも普通ですね」
彼女は、口元に手を当てて上品に笑う。
こういう人間はあまりいない。
「すまない」
「いえ、普通という事は、平和という事ですから、良い事ですよ」
なるほど、そういう考えもあるか。
しかし、今日は川に水を飲みに来るモンスターを倒してきたので、平和と言うわけでもないと思う。
「リフィアは、どうなのだ?」
「ふふっ……」
私は聞き返したのだが、リフィアは何も言わずに笑いだしてしまった。
「どうした?」
「いいえ、私も普通です」
つまり、同じで面白いという事だろう。
「そうか」
私は短くそう答える。
それでも、リフィアはにこにことしている。
「ところで、ちゃんと食べていますか?」
これは、よくリフィアが聞いてくることだ。
多少食べなくても死にはしないのだが、"リフィアからしてみれば"心配事なのだろう。
「ああ、食べているよ」
実際に、しっかり食べている。良くリフィアが聞いてくるからだ。
それが、わかっていて、良く聞いてくるのかもしれない。
いや、ただ心配性なだけか。
「ジニズとエイリンは元気か?」
ジニズとエイリンと言うのは、リフィアの父親と母親だ。
落ち着いているリフィアと違い、両方とも活発的な人間だ。
「ええ、元気すぎて困るほどです。お父様なんて、今日は教会の屋根の修理をしようとして、腰を痛めたのですよ」
そう言う時こそ私を呼べばいいのだが、遠慮をしているのだろう。
「それで、屋根の方は修理できたのか?」
おそらくまだだろう。
「いいえ、まだです」
予想通りだ。
「それならば、明日私が直しに行こう」
「え!ですが、クレネッソは忙しいでしょう?」
そう言われるだろうと思った。
「ああ、だが、すぐに終わらせればいいだろう。それに――リフィアのご飯も久しぶりに食べたい」
だから、理由をつけてやった。
これで、断ることもないだろう。
「そ、そうですか」
なんだかリフィアの顔が赤い。恥ずかしがっているのだろうが、どこに恥ずかしがることがあったのだろうか。
「お父様と、お母様も、喜びます」
「ああ、夕方の少し前に伺うよ」
そのくらいの時間の方が、リフィアにとっても都合がいいだろう。
「ええ、それでしたら、今から準備しないといけないですね」
つまり、もう帰るということだ。
「ああ、それでは、また明日」
「ええ、また明日。楽しみにしていますね」
それはこちら側の台詞なのだろうが、私はそれ以上会話を伸ばさずにその場を去った。
そうしてリフィアと別れると、今度こそ教会へと戻るのだった。
♦
教会内へと入ると、まだせわしなく働いている人間も多い。
そんな者達も、私の姿を見ると、わざわざと挨拶をしてくる。
「クレネッソ司教様、こんばんは」
挨拶なぞいいから、自分の仕事を進めればよいのにと思う。
そんな中で、一人の男を見つける。
彼は、私と同じ司祭で、ジェヌという男だ。
ジェヌ司教は、私の事が嫌いだ。
逆に私は、彼に対して何も思っていない。
嫌われている理由は分かりやすい。
ジェヌ司教からすれば、私の存在が邪魔なのである。
嫌われてるからと言っても、教会内で会ってしまっては挨拶をしないわけにはいかないだろう。
だから、私はジェヌ司教に自分から近づいて行った。
ジェヌ司教はしばらく気がついていなかったようだが、私の存在に気が付くと、あからさまに"嫌な顔"を浮かべる。
「こんばんは、ジェヌ司教様」
「こんばんは、クレネッソ司教。遅くまで大変ですな」
先程までと打って変わって、明るい顔だ。
これが、ジェヌ司教の処世術というやつなのだろう。
「いえ、遅くなったのは仕事のせいではありません」
リフィアに捕まっていたからだ。
と言っても、そこまでは言う気はない。
話がこじれるのは目に見えている。
「そうなのですか。私なぞ、つい先程まで仕事をしていたのですよ」
ジェヌ司教の口からは、微かに食べ物の匂いがする。
それは嘘で、食事でもしていたのだろう。
「そうなのですか。大変ですね」
だが、それを指摘する気もないし、
「それでは、失礼いたします」
話を長引かせるつもりもなかった。
なので、そう言ってすぐにジェヌ司教の横を通り、自分の部屋へと帰ったのだった。
これで、私の一日は終わる。
司教になってからまだ日は浅いが、同じような日々の繰り返しである。
だが、私にはそれが苦にならないのだ。




