テオリアーノ・ヴェレ・ディーロその2
「ええと……つまるところあなたは、ここに出歯亀に来たという事かな?」
「なんと失礼な。"見守っておる"のじゃよ」
まるで、儂が助平爺のような言い方をしおって。
「言い方を変えればそうかもね」
ピエロの奴はやれやれと言った感じで、肩をすくめた。
別に儂は怒ったりはしない。
だが言いたいことはある。
「まあ聞きなされ」
儂は諭すように喋り、少し間を置いて続ける。
「あの二人を、儂は知っているのじゃよ」
「へえ、子供の頃から知っているというやつかな?それとも有名人なのかな?」
驚くことに両方当たっている。
しかし、ありきたりな話なので、偶然だろう。
「おお!よくわかるのう。両方当たりで、両方ハズレじゃよ」
なぞなぞというわけではない。
「どういうことかな?」
「若者は結論を急ぎ過ぎるの。話を聞いて行けばわかるよ」
そして、儂は語りだした。
爺になると、たまたま出会った若者に長話をしたくなるものなのである。
「まず、あの"美しい"女の子の話じゃ」
美しいというところを強調した。
とても大事な事だ。
「女の子という感じではないけど」
「それはそうじゃな。歳も25じゃし、あの豊満な体で女の子は無理があるよのう。男はみんな振り向くぞい。性格はとてもおしとやかじゃが、我儘な体をしておるわい。儂もあと10年若ければのう……」
10年若くても、爺は爺じゃがな。
儂は、ほっほっほっと笑った。
「やっぱり助平爺じゃあないか」
ピエロのその言葉は、聞かなかったことにしておく。
「しかし、爺から見ると、若い子はみんな女の子なのじゃよ。お主は男の子じゃがの」
「ははっ、男の子かい。初めて言われたよ」
そんなことはないだろう。
「話の腰を折ってしまったの」
正確には話の腰を追ったのはピエロだが、そんなことはどうでもいい。
「あの子の事は生まれたときから知っておる。名前も"儂がつけた"からの」
「へぇ、家が近所だったのかい?」
そんなことはない。
しかし、
「まあ、そんなとこじゃな」
そう言うことにしておこう。
「それで、なんていう名前なのかな?」
「彼女は、リフィア・ジェールと言う。儂は子供の頃から知っているが、有名な人間ではないの。小さい教会に努めるただのシスターじゃよ。この国には溢れておる」
「なるほど、それが先ほどのなぞなぞの答えと言うわけだね」
なぞなぞでもないし、それだけではないがの。
「そして、"男"の方じゃが――」
「あれ?男の子ではないのかい?」
ピエロが鋭い指摘で、儂の言葉を遮った。
話をちゃんと聞いているという事ではある。
「いいんじゃよ。"あれ"は男での」
そう、"あれ"はの。
「うーん。それで、彼はなんて名前なのかな?」
「まずは奴の名前からじゃ。奴はクレネッソ・オーダムと言う。いつからかこの街にいつき、有名になった男じゃ」
「なるほど、彼もまたなぞなぞの答えだったんだね」
そう言うことになる。
そして、クレネッソについて語る前に、話さないといけないことがある。
「ところで、お主。この国に来たという事は、この国がどんな国かわかっておるのじゃよな」
それは、街並みを見回せば、簡単にわかることだ。
「もちろん」
ここから見える景色でも、すでに"それ"が多くあるのはわかる。
教会がたくさん並び立っているのだ。
「そう、ここは教会都市と呼ばれる国じゃよ」
「都市なのに国なんだね」
そう言われると、"悪い気"がしてくる。
「名前の通り、元はただの小さい街じゃったんじゃよ。気が付いたら都市に、国になっておったわ」
儂は、ほっほっほっと笑う。
「詳しいんだね」
"当たり前"である。
「まあ、もう何十年も住んでおるからのう」
そして、また話が逸れてしまった。
意外と、このピエロもお喋りなのだろう。
「それでのう。クレネッソはこの国の司教なんじゃよ」
「それは偉いのかい?」
儂は、"ふうむ"と髭を撫でた。
「司教と言うのは、この国で一番偉い法王の次に偉いぞ」
「へえ、随分若く見えるけど、それは凄いのだろうね」
確かにクレネッソは司教の中では一番若い。
というか、司教は爺ばかりである。
ついでに、法王も爺である。
しかし、
「そうかもしれんの」
儂はそうとだけ言っておく。
「それで、あの二人なのじゃが」
「随分と仲が良さそうだね」
そう、クレネッソとリフィアは仲が良さそうに話しているのだ。
儂たちも長い事話していたというのに、同じくらい長い事道端で話し込んでいるのだ。
「そうじゃのう……確かにクレネッソは司教になるほど素晴らしい男じゃい。しかし、爺としては少し寂しいわい」
それでも、あの二人の様子を見ているのは好きなのである。
だからこそ、毎日ここに通っているのだ。
「へえ、恋人同士なのかい?」
まさか、とんでもない。
「まだじゃな。見てわからんか?」
「初々しいということかな?」
それは少し違う。
「リフィアは敬虔な信徒じゃ、恋心を意識しておらんよ。それに――」
儂は言い淀む。
別にたいしたことではない。
「それに?」
「いや、これはやめておこう」
「なんだい、気になるじゃあないか」
ピエロは抗議して来た。
「ほっほっほっ。それじゃあ、また明日という事でいいかの?」
つまり儂は、また来いと言っているのだ。
もちろん、ピエロには伝わっただろう。
ちょうど、クレネッソとリフィアも話が終わったようである。
「そういうことなら、またお邪魔させてもらうよ」
ピエロは、どこに行く気なのか立ち上がる。
「それではの」
儂も立ち上がり、杖をつきながら帰ったのだった。




