テオリアーノ・ヴェレ・ディーロその1
儂は足が悪い。
生まれつき悪かったわけではない。
ただ単純に歳なのだ。
もう100歳も見えてきた。
この世界の多くの人間は、100歳どころか、50歳や60歳くらいで死ぬのが普通だろう。
そんな中で、儂は100歳近くまで生きてしまったのだ。
足が悪くなるのも、仕方がない事だ。
悪いのは足だけではない。
目だって霞むし、耳だって遠い。体の全部が悪いのだ。
しかし、特に足が悪いのだ。
杖なしでは立ち上がれなくなってしまった。
それでも、儂は立ち上がる。
"時間"だから。
無駄に厳かな建物の中を歩く。
その間に、"多くの人々"が儂に挨拶をしてくる。
儂は一人ひとりに丁寧に返事をしながら歩く。
それから、外に出て、しばらく歩く。
そして、すぐに目的地に着いたのだが、どうにも困ってしまった。
儂がいつも座る長椅子に先客がいたからだ。
そいつを見て、儂は数年ぶりに驚いた。
爺になると、並大抵のことでは驚かなくなる。
それでも、驚くほどのことだったのだ。
しかし、すぐに"気が付いた"。
儂を驚かせた相手は、ピエロの仮面を被った妙な奴だった。
若いだろうが、子供でもないのに、一体なんだって、こんな妙な仮面を被っているのかわからない
。
わかるのは、このピエロが儂の席を占領していることだけだ。
と言っても、外にある長椅子だ。
誰のものでもないし、隣は空いている。
「隣、いいかい?」
だから、隣に座ることにした。
ピエロはこちらを向くと、大層驚いたようで、体を震わせた。
しかし、すぐに、
「どうぞ」
と返してきた。
「ありがとう」
儂は座る。
時計を確認すると、もうすぐだ。
老人になると、人恋しくなる。
だから、しばらく、このピエロと話していようと考えた。
しかし、儂が話しかけるより先に、ピエロの方から話しかけて来た。
「あの、すまないんだけど……僕と会ったことがあるかな?」
はっきり言って、変な聞き方だ。
自分の事なのに、自身なさげな聞き方である。
「いいや、今日初めて会ったぞ」
それは、"間違いない事"だ。
ピエロは少し、考え込んでいるような感じだが、やがて、
「そうですか」
と言って、"納得した"ようだ。
「この国には何をしにきたんじゃ?」
言ってから、始めに聞くべきことは仮面の事だったと思った。
しかし、"それはいい"だろう。
「うーん。そうだね……それは僕にもわからないかな」
「迷える若者というわけだ」
儂はしわだらけの顔で、"ニカッ"と笑う。
「そうかもね。お爺さんは何をしているの?」
言われてから、名乗ってないことに気が付いた。
だが、いいか。
そっちの方が都合がいい。
そして、わざわざこちらに話を振ってきた辺り、自分の事はあまり話したくないのだろう。
「儂はなあ、そうさなあ……そろそろ時間じゃな」
口にするよりも、見てもらった方が早いだろう。
「あそこを見ておれ」
儂は指を指す。
指を指した先は、この長椅子から見える道の一角である。
そこは開けていて、"ちょうど人が二人立ち止まって話せるような場所"である。
「女の人がいるね」
そして、そこには女性がいた。
「え?もしかして、彼女を見るためにここへ?」
それは間違いではない。
しかし、
「違うわ!儂はそこまでの助平爺ではないわ!」
厳密には違うのだ。
「ははっ!すまないね」
ピエロは楽しそうに笑った。
本当に悪いと思っているのだろうか?
「あちらを見なさい」
更に儂が促した先では、男が一人歩いていた。
「彼がどうかしたのかい?」
「まあ、見てなさい」
そして、儂らの見守る中、男と女は出会った。
 




