エインダルトその11
私たちの間に入って来た青年は、あまり戦いが強そうな雰囲気ではない。
ウィグランドの兵士達は荒くれ者ばかりなのだが、みしろ青年はそれとは程遠そうである。
戦場は相変わらず混戦状態だが、ウィグランドに遠慮してか、やはりこちらに手を出してくるものはいない。
「キルエス、どうしたんだこんなところで」
青年はキルエスというようだ。
これは私の予想だが、雰囲気から察するに、あのキルエスと言う青年はウィグランドの息子だな。それにしては少し大きいが。
「それは僕の言葉だよ。なんだってエインダルトの腕がないんだ」
それはウィグランドは知らないだろう。
「いや、それは――」
「なあ、私に紹介してくれないか?全員だ」
そろそろいいだろうか?話の内容も、進展がありそうな話でもない。
だが、私が急に喋り出したからか、ウィグランドもキルエスと呼ばれた青年も、私の方を向いて言葉に詰まっている。
「いやなに、どうせ最後だ。それくらい聞かせてくれてもいいだろう?」
なんだか似たような言葉を少し前に言った気がする。
「ああ、こいつは軍師のキルエスだ」
だが、先日と違い、何故だかウィグランドは素直に答えて来た。
なんだ息子じゃなかったのか。
いや、息子で軍師なのかもしれない。
なんにせよ、このキルエスが戦場の作戦を立てていたのだろう。
つまり、私はずっとこのキルエスと戦っていたのである。
「ほう、なるほど。見事だよ、軍師キルエス」
だから、素直に賞賛したのだ。
これまでの、楽しい戦は全て、こやつのおかげなのである。
「そして、聞こえるだろう歌が。彼女が歌姫ウルスメデスだ」
なんだか変な言い回し方だ。
無理をし過ぎだろう、ウィグランドよ。
それとは別に、
「そうか――」
この戦場に辿り着いてから、ずっと思っていたことがある。
そう、それは、まるで人間の様な感情なので、言葉にはしなかったことだ。
「良い歌だな」
この歌を聴いていると、心に安らぎが訪れる。
そう、思ったのだ。
私がこんなことを言ったので、ウィグランドもキルエスも驚いているようだ。
「それで?」
私は更に続ける。
まだいるだろう?"あの強者"が。
「ん?ああ。レミトルのことか?あれは軍団長だ」
……ああ、いや、わかるぞ。
たまに視界に入るからな。
そうか、レミトルと言うのか……"明日"くらいまでは覚えておこう。
もっと他にいるだろう。
「あとはベナミスのことか?お前たちの奴隷だった男だ。二人ともこの場にはいないがな」
それも違う。だが、先日見た奴だ。
あの男も"強そうだった"。
結局、剣を交える事はなかったが、"あとで"交えることもできるかもしれない。
だが違うのだ。
「そうか……」
もしかしたら、ウィグランドも知らないのかもしれない。
嘘はつくのが下手な男だ。
そして、嘘をついている様子もない。
だが、それはそれで、良いではないか。
奴は"不確定要素"だったわけだ。
「すまなかったな。それでは始めようか」
長々と話してしまった。
だが、決着はつけないといけない。
「ああ、そうだな」
ウィグランドも決着をつけるために、剣を抜いた。
「手加減はせんぞ!エインダルト!」
ウィグランドは直接的には言わないが、腕のことだろう。
「無論だ。こい!ウィグランド!」
戦場で腕を失くした程度で、どうこういう気はない。
むしろ、ちょうどいいくらいだろう。
戦いは私の防戦一方だった。
片腕がないのは思ったより影響は大きい。
しかし、それ以上に、ウィグランドが妙に強い。
理由はわからない。
万全であれば、良い戦いが出来ただろうに。
いや、戦に"もしも"を持ち込むべきではないな。
私は押され続け、傷が増えだす。
このままだと負けるだろう。
それでいいかもしれない。
なんて言う気はない。
私は態勢を崩した"フリ"をして、ウィグランドを誘い込んだ。
「うおおおおおお!」
狙い通りに、ウィグランドは雄たけびをあげながら、大きく剣を振りかぶる。
だから、私は勝利を確信する。
これは私の罠だ。
私が態勢を崩したのはフリだ。ここから、大きく剣を振りかぶっているウィグランドの足を払って、転がすことが出来る。
だが、ウィグランドは剣を振り下ろさなかった。
そして、私の足払いは避けられる。
逆に、そのまま足で踏みつけられ――
ウィグランドの剣は振り下ろされた。
私は為すすべもなく、体を肩から腰にかけて真っ二つに斬られてしまった。
私の――敗北である。
「ふっ、見事だ」
上半身の一部のみ、そうなっても、魔族はすぐには死ねない。
だが、ここから"勝手に"回復することはない。
あとはただ死ぬだけだ。
「エインダルト……」
ウィグランドが何とも言えない顔で見てくる。
もっと誇ればよいものを。
「良い戦いであったぞ」
腕があれば、手を差し出していたのかもしれない。
だが、生憎と差し出す腕すらない。
「ああ、人生で最高の戦いだった」
私もそう思う。
そして、ウィグランドは勝鬨を上げる。
残された私の耳に、歌が聴こえる。
何故だか、穏やかな気持ちだ。
そして、穏やかな気持ちのまま、私の命は尽きていったのだった。




