エインダルトその10
私は戦っている。
相手はもちろん、私に飛びかかってきた奴だ。
"それ"は前にも戦った、ピエロの仮面をしたふざけた奴であった。
兜を深く被って、仮面を見えづらくしているが、すぐにわかる。こんなに強い奴が他にいるとは思えないしな。
ウィグランドめが、まだこんな戦士を隠してただなんて、どこまでも私を楽しませてくれるものだ。
戦場は混戦状態だ。
だが、私と"こいつ"の間に入ってこようなどと言う不届き者はいない。
入れないとも言えるだろう。
それほどまでに凄まじい攻防なのだ。
「エインダルト様」
ベリッドが私を見つけたようだ。
だが、私の優秀な副官は、私の戦いを邪魔したりしない。
「おお、ベリッド。私は気にせずに、歌姫とやらを拝んで来い」
「はっ!」
どうせ見ているだけならと思い、ベリッドにそう言い放つ。
ベリッドは命令を受けて、走り去ったのだが――
「それは困るね」
ピエロの奴はそう呟くと、ベリッドを追いかけるために背を向けたのだ。
戦場で敵に背を向ける馬鹿がどこにいると思う。
私は、その背中に剣を向ける。
「あっ……」
そう、呟いたのは私だ。
正直に言うと、罠だと思っていた。
きっと、このピエロはすぐさま振り向いて、また楽しい時間が始まると思っていたのだ。
だが、剣は確かに背中を貫通し、心臓を貫いていたのだ。
あっけない幕引きである。
終わったと思ったからこそだった。
ピエロは振り向き、私に斬りかかって来た。
私が、油断したのだ。
だから、避けきれずに、腕を片方斬り飛ばされてしまった。
「なにぃ!」
だが、油断するなと言う方が無理があるだろう。
確かに、心臓に剣は刺さったのだから。
しかし、このままだとまずい。
私の負けだ。
そう思いながら、前を向いて、見えたのはあのピエロの走り去る背中である。
そんなにも"私に興味がない"のだろうか?
そんなにも歌姫とやらが大事なのだろうか?
よくわからないが、私の負けだが、私は死ななかった。
その事実だけが残った。
しかし、片腕は失ってしまった。
魔王様の元まで戻るまでは直せないので、この戦の最中はずっとこのままだろう。
仕方がないと思いながら、斬り落とされなかった方の剣を拾いあげる。
その時だった。
私の前に、ウィグランド・アジェーレが立ちはだかったのは。
「おお、ウィグランドよ。早かったな」
ピエロを追いかけようか考えていたが、ウィグランドが来たのならば話は別である。
あっちはベリッドに任せるとしよう。
「いや、もしかして――」
あのピエロは、足止めだけが目的だったのかもしれない。
だから、私に興味がなかったのかもしれない。
そう言ったことをウィグランドに言おうかと思ったが、
「いや、やめよう」
やめた。
こんなことを聞くのも無粋である。
「会えて嬉しいよエインダルト」
ウィグランドは私の腕がないのを見て、驚いているのだろう。
私だって自分の腕を失ったことを驚いている。
「――」
遠慮はいらない。戦いを始めよう。
そう、言おうとしたのだが、横からの声に遮られた。
「ウィグランド!」
横から来たのは、まだ若い青年だ。
次か次へと、どうにも調子が狂わされる。
こいつが誰かはわからないが、ウィグランドの嬉しそうな顔を見るに、そこそこ大事な人間なのだろう。
さっきの奴といい、なんだか興味が湧いてきてしまった。




