キルエス・ガーレムその8
僕は困っていた。
それはもちろん、ウィグランドの勝手な行動が原因だ。
そこに、まるで知っていたかのように、エインダルト本人が横から突っ込んできたのだ。
はっきり言うと、現状では、兵の質でも負けているのに、作戦でも負けたことになってしまう。
だからと言って、僕に何かできるわけでもない。一応訓練はしてきているけど、僕自身は戦場の兵士とそう変わらないのだ。
それに、僕の指示では兵を動かせないのだ。
まさに、なにもすることがない状態である。
だけど、ここでじっとしているわけにもいかない。
だから、ぼくは本陣を飛び出したのだ。
向かう先はもちろん、エインダルトが迫る、ウルスメデスの元へ。
♦
戦場は混戦状態だった。
そんな中でも、ウルスメデスの歌ははっきりと聞こえる。
こんな状態で歌っているのは、敵に位置を知らせているようなものだ。
しかし、同時にこの混戦状態でも、僕は彼女の位置を知ることが出来る。
それに、歌が聴こえるという事は、まだ彼女が生きているということでもある。
僕は急いで、更に奥へ"向かおうとした"。
だけど、それをすぐにやめる。
歌声とが別に、声が聞こえてきたからだ。
そう、ウィグランド・アジェーレの声が。
僕はすぐに、声の方へと向かった。
ウルスメデスには悪いけど、僕にとってはウィグランドの方が大事なのだ。
そして、すぐにウィグランドを見つけた。
見つけたのだけど――エインダルトも見つけてしまった。
つまり、二人は戦場で相対していたのだ。
そして、何があったのかはわからないけど、エインダルトの片腕がなかったのだ。
だから、僕はもう戦っている最中だと思ったのだけど、そういうわけではないらしい。
ウィグランドは、まだ剣を鞘に納めているから。戦闘中にそういうことをしているのは見たことがない。
つまり、まだ戦いは始まっていないのだと思う。
それに、そういう雰囲気でもない。
ならばなぜ、エインダルトの片腕はないのだろう。
理由はわからないけど、幸運だと思うしかない。
「ウィグランド!」
僕は、ウィグランドに駆け寄った。
ウィグランドも僕に気づき、こちらを向く。
やはり戦いは始まっていない。
ウィグランドが戦闘中に、敵から目を逸らすなどありえないのだから。
「キルエス、どうしたんだこんなところで」
その原因はウィグランドにあるのだけど、ここでは言わないでおく。
余計な事を言う必要がある場面ではない。
「それは僕の言葉だよ。なんだってエインダルトの腕がないんだ」
本当はこんな話をしている場合ではないのだろう。
だけど、何故だかエインダルトは黙って立っている。
「いや、それは――」
「なあ、私に紹介してくれないか?全員だ」
エインダルトがやっと声をだした。
腕がないというのに、別段苦しそうでもない。
しかし、妙な事を聴く。
「いやなに、どうせ最後だ。それくらい聴かせてくれてもいいだろう?」
どちらの最後かは言われなかったし、どちらの最後のつもりなのかもわからない。
「ああ、こいつは軍師のキルエスだ」
ウィグランドが律儀に紹介を始める。
最後だしいいのだろうか?
戦場でこんな和やかな空気が流れていいのだろうか?
「ほう、なるほど。見事だよ、軍師キルエス」
何に対して見事なのかはわからないけど、敵とはいえ、褒められて悪い気はしない。ましてや、"あの"エインダルトである。
「そして、聞こえるだろう歌が。、歌姫ウルスメデスだ」
妙に詩的な言い回しだ。
ウィグランドにしては頑張ったと思う。
「そうか――」
なんだかよくわからないけど、エインダルトは言い淀んでいるようだ。
「良い歌だな」
エインダルトは辛うじてそう言った。
嘘だろう。
魔族に歌の良し悪しなどわかるわけがない。
「それで?」
更にエインダルトは聞いてくる。
しかし、
「ん?ああ。レミトルのことか?あれは軍団長だ。あとはベナミスのことか?お前たちの奴隷だった男だ。二人ともこの場にはいないがな」
二人ともどこかで戦っているのだろう。
「そうか……」
エインダルトは、何かに納得したように、一瞬眼を瞑る。
しかし、すぐに眼を開いた。
「すまなかったな。それでは始めようか」
エインダルトが構える。
「ああ、そうだな」
そして、ウィグランドも剣を抜いた。
僕は自然と、離れるのだった。
一騎討ちが始まるのだ。




