ウルスメデスその14
あたしが気分良く歌っていると、あたしの部屋の扉が開いたのだった。
この部屋に勝手に入ってくるのは二人だけである。
一人は、この国の王様。
そしてもう一人は、この国の軍師様だ。
おっと更に一人、得体の知れない奴もいたんだった。
そして、その三人の中の誰が部屋を開けたのかは、簡単にわかる。
そのうちの一人はもう既に部屋にいるしな。
ウィグランドの野郎は、あたしの部屋に来る理由がない。
いや、こないだは理由もなく来たか……。
とりあえず、あたしの部屋に来たのは、この国の軍師様、キルエス・ガーレムであった。
あたしは仕方がないので、立ち上がって出迎えてやる。
だが、わざわざあたしが出迎えてやったと言うのに、キルエスは変な顔をしていた。
「どうしたんだよ?そんな顔して」
あたしは単純な疑問をぶつける。
そんな顔をされる筋合いはない。
「い、いや、困るよ。勝手に部屋に人を入れたりして」
「あ?」
一瞬何を言っているのかわからなかった。
だけど、すぐに気づいて、後ろを振り向く。
そこでは、ピエロが普通に座っていたのだ。
「おい!なんで隠れてねーんだよ!」
あたしは、勝手にピエロは隠れていると思い込んでいたのだ。
「隠れないといけなかったのかい?」
ピエロは首を傾げた。
そんな動作をしたって、騙されたりはしない。
「お前なあ……こないだは隠れてたじゃねぇかよ」
最初の時のように、影も形もないほど身を隠したものだと思っていた。
しかし、最早キルエスはそっちのけである。
まあ、あんなやつは無視していいのだ。
どうせ、めんどくさい話を持ってきたのだろう。
"最初から"そうだった。
「ちょっといいかな。事態は呑み込めないんだけど……悪いんだけど、ウルスメデスと話したいんだ。出て言ってくれないかな?」
やっぱりだ。
予想通り、面倒な話なのだろう。
「構わな――」
「ああ?別にいいじゃねぇかよ」
だから、あたしはピエロを残すと決めたのだ。
ささやかな嫌がらせである。
それに、こいつがいたって何も問題はないだろう。
得体はしれないけどな。
「いや、大事な話だからさ」
そんなことはわかっている。
「じゃあ、あたしは聞かねえぞ」
こうなったあたしがめんどくさいことは、キルエスにもわかっているのだろう。
だから、
「わかったよ」
キルエスは諦めたのだった。
そして、あたしは座り、キルエスも座る。
あたしと、ピエロと、キルエスが三方向から向き合う形になる。
自分で言い出したことだけど異様だ。
「それじゃあ、いいかな?」
「駄目に決まってんだろ」
あたしは別にキルエスのことが嫌いなわけではない。
ただ、このお坊ちゃんはからかいたくなるのだ。
「……じゃあ始めるからね」
キルエスは、あたしを無視して話し出した。
「実を言うと、このままだと我が軍は負ける」
「だろうね」
何故だか、ピエロが即答した。
「それ言われたの二回目なんだけど?」
一回目は会ったばかりの時だ。
「でも、こいつが言うなら間違いねえかな?」
別にあたしはピエロの事を信用しているわけではない。
いや、キルエスや、ウィグランドよりは信用しているが。
これも、からかいの一種だ。
「そこで、新しい作戦を始めることにした」
やっぱり、やっぱりな話である。
キルエスは作戦の事なんてあたしに話に来ない。
つまり、あたしが関係している作戦なのである。
「ふーん。いいじゃねえの?」
だから、関係ない振りを装ってやった。
「その作戦に君も参加して欲しいんだ」
ああ、やっぱりそうなるよなとしか言いようがない。
正直に言うと面倒である。やりたくない。
「いや、いつも参加してるじゃねえか」
だから、とぼけてやった。
「戦場に参加して欲しいんだ」
わかってはいたことだけど、念を押されたら、あたしは舌打ちするくらいしかやれることはないのだ。
「へぇ、いいじゃないか。そうしなよ」
ピエロが急にそう言った。
あたしは、自分でやったことながら、こいつをこの場に置いたことを後悔する。
「お前なあ……」
他人事だからといって、好き勝手に言いやがって。
そう言おうとしたけど、
「駄目なのかい?」
仮面で隠れていて顔も見えないというのに、どうにもこのピエロには"魅力"があるのだ。
だから、こいつにこう言われてしまうと、あたしは弱い。
「いや、わかったよ。構わねーよ」
渋々と言う風だが、そもそも、断る気はなかった。
戦争の事なんてわからないあたしでも、そろそろかなということくらいわかっている。
「それじゃあ頼むね。軍を再編成したらすぐだから」
あたしの了承を得ると、すぐにキルエスは立ち上がった。
こいつはこいつで忙しいのだ。
代わりに、ウィグランドが暇なのだろう。
「へいへい」
だから、あたしはとっとといけという仕草をして追い払ってやった。
そして、それに後押しされるように、キルエスはとっとと出て行ったのだった。
残されるのは、あたしとピエロだけである。
「はぁ~あ。ついに終わりかあ」
あたしはベッドに寝転がった。
「まだ、終わるとは限らないじゃないか」
ピエロは言う。
そう言っても、魔王軍に勝てるわけがないだろう。
奇跡でも起きない限りな。
その奇跡も一度起こしてしまった。
二度目はない。
「あっ!ていうかよ!お前が言い出したんだから、ちゃんとあたしの事守れよな!」
責任は取ってもらわないといけない。
「そうだね――善処するよ」
歯切れの悪い言い方である。
商売柄わかるよ。
それは"約束を守らない人間"の言葉だ。
おっと、もう商売は変わったのだった。
「そういえばよ――」
逃げるように、話の内容を変えた。
話したって仕方がない事なのだ。
そうして、"いつものように"夜は更けていった。