エインダルトその8
私も魔王軍では一番の将である自信はある。
だから、私の読みは正しいはずだ。
もう、アジェーレ軍には余力はない。
だから、最後に全軍で戦いに来るはずである。
実のところ、こちらの軍も余力はない。
いや、"奥"の魔王軍からモンスターを連れてきたり、奴隷の人間を戦わせれば、こちらの勝ちは間違いないだろう。
だが、それでは駄目なのだ。
それでは、私の昂った気持ちが収まらない。
つまるところ、ついに長きに渡る戦いの決着がつくというわけだ。
そう考えると、なんだかこみ上げてくるものがある。
この気持ちは人間でいうところの……なんだろうか?
感動とはまた違うだろうが……感慨深いというか……。
こんな気持ち、まるで人間のようだ。
いや、勝利よりも気持ちを優先している時点でおかしいのだ。
長く生き過ぎたということなのだろう。
私だけではなく、我々古い魔族は。
そんなことを考えていると、ふと思い立つことがあった。
だから、私は砦を出た。
人間は色々と大変なのだろうが、私にはやる事などないのだ。
♦
魔族が人間そっくりの姿をしているのは、騙し討ちするためである。
肌の色は紫色だが、魔法で簡単に変えることが出来る。
そうしたら、人間と見分けがつかない。
それでも、城への侵入は難しい。
あの手この手で魔族が侵入するのを防いでいるからだ。
例えば合言葉や、番号を割り振ったり、特定の行動のみを特定の部隊に教え込ませたり。
まあ、そんなことはどうでもいいのだ。
とにかく。例え人間に化けようと、城に侵入するのは難しいのだ。
今日を除けば。
今日は大量に兵が死に、色々と余裕がないはずである。
だから私は今、人間に化け、闇夜に紛れてアジェーレ城の近くまでやってきた。
最後にウィグランドに会ってやるかなという、ただの思い付きである。
会って何をするかなど考えていない。
とはいえ、どうやって城に入ったものかと考えていた。
その時である。城の裏手から出て来た者がいた。
ウィグランドである。
まさかウィグランドに会いに来て、ウィグランド自らが城から出てくるとは、まさに神の啓示である。
私はウィグランドのあとを追いかけた。
ウィグランドの向かった場所は城のすぐ近くだった。
墓地である。
魔族は墓など作らないので、こんな場所は新鮮だ。
私はすぐには姿を現さなかった。
ウィグランドが独り言を言ったり、目を瞑ったりするのを、しばらく遠くから眺めていた。
特に理由はない。
ただ、急ぐ必要もないと思っただけだ。
♦
かなりの時間が経った頃に、墓の前に座り込んでいたウィグランドが立ち上がった。
「姿を現したらどうだ?」
それと同時に、私に声をかけられる。
「なんだ気づいていたのか」
あまりにも自然体だったので、気がついていないのかと思った。
「随分前からいたようだが?」
そう、ウィグランドが城を出たときからいたのだ。
つまり最初からである。
「気を遣ってやったのだが……」
言ってから、自分が気を遣ったことに気が付いた。
魔族にもこんな心があるものだな。
ウィグランドは静かに剣を抜いた。
私はそれを見ても、戦おうとも思わない。
そんな気分ではないからだ。
「準備万端だな」
ウィグランドはしっかりと甲冑を着こんでいる。
逆に私は、人間に化けているので軽装だ。
「だが、剣は収めてもらおう」
戦いに来たわけではないから。
と言っても、何をしに来たわけでもないが。
「何の用だ?」
当然の疑問だろう。
こんなことをするのは初めてだし、戦場以外でウィグランドに会うのは初めてである。
「いや、なんてことはない。次で終わりだと思ってな」
答えになっていないのはわかっている。
「ああ、わからんか。最後に貴様に会っておこうと思ってな」
長く争っていれば、こういうことがあってもいいだろう。
「私には、お前と会って話すことなんてないがな」
どうにもウィグランドはつれない。
だが、これが普通なのだろう。
慣れあうのはおかしい。
とはいえ、少しくらいいいではないかと言いたい。
「ふっ……そう言うところも嫌いではないのだがな」
ウィグランドは堅物である。
むしろ、魔族である私の方が軽薄なのかもしれない。
「我々の決着は、最後の戦いにとっておけばよいではないか」
そう言ったのだが、やはりウィグランドは剣を収める気はないようだった。
「頑固な奴だ。これでは話どころではないな」
私は背を向け歩き出す。
ウィグランドは、背中から斬りつけることなどしないだろう。
そう確信していた。
「それでは、最後の戦場でな」
戦場で、ウィグランドと相まみえるとは限らない。
だが、きっと最後にはウィグランドと戦うことになるだろう。
もちろん私は勝利する。
そして、何百年経ってもウィグランドの名前は忘れないだろう。
たいした会話もしなかったし、いったい何をしにきたのかわからない程だろう。
だが、私には妙な満足感があった。
もしかしたら、私は――。
いや、やめておこう。




