ウルスメデスその13
そして、翌日になると、すぐにあたしは舞台へと向かわされた。
と言っても、まだ廊下を歩いているため、着いてはいない。
昨日は部屋を用意させて、たらふく飯を食って、たらふく寝たのだけど、まさか次の日に舞台に上がれと言われるとは思わなかった。
少し前に、キルエスが言った言葉を思い出す。
「もう兵は集めてあるから、今日から歌ってね」
「なんで今日からって?時間がないからだよ。本当はもっと、色々準備をしたかったんだ」
「だって昨日言ったら緊張して眠れないかもしれないじゃないか」
こんな感じだ。
ああ、確かに柄にもなく緊張しているよ。
それに、昨日のうちに言われていたら、眠れていなかったかもしれないのも事実だ。
これが、影の軍師様の実力ってわけだ。
緊張で足取りは重い。
いつも歌っているのは、人気がない場所だった。
だから、大勢に聞かせるのは初めてだ。
いくら自信があるからと言って、緊張しない方が無理ってもんだろう。
だけど、舞台に着くと、あたしの緊張は一瞬でとけてなくなった。
なんでかって?
全員下を向いて、座り込んでいるからだ。
誰もあたしのことなんて見ちゃいねえ。
なんで集められたのかだってわかっちゃいないのだろう。
なんにせよ、随分と気が楽になる事だ。
あたしが歌う場所は、舞台と言うより高台だ。
結構人数もいるし、声は張り上げなきゃいけないんだろう。
そう舞台に立っていた姉のように。
高台に登ると、顔を隠した男がいた。
雰囲気から察するに、キルエスだろう。
「おい、何してるんだよ」
あたしは周りに聞こえない様に、小声で喋りかける。
「喋り方に気を付けてね」
そんなことはわかっている。
今、あたしはウルスメデスなのだから。
だから、気を遣って小声で喋ってやったのだ。
「どうしたのですか?」
仕方がないので、やり直してやった。
「君を紹介する人間が必要だろう?他の人には任せられないんだ」
それはそうかもしれない。
自分から、「あたしはウルスメデス」なんて言い出すのは、確かに少し間抜けっぽい。
「それでは、どうぞ」
キルエスが、演技のかかった仕草で礼をする。
もう歌えということだろう。
わかったよ。やってやるとしよう。
「~~~」
あたしは歌いだした。
なんの前触れもなしに。
歌いだしたら一瞬だ。
周りが気にならなくなった。
姉は、ウルスメデスは、どんな気分で歌っていたのだろうか?
それはわからないが、あたしはそんなに悪い気分ではない。
「~~~」
歌が終わりへと近づいていく、ふと下を見ると、下を向いていた兵達は全員あたしを見上げていた。それも瞳を輝かせて。
それを見ると、やはり悪い気分ではないのだ。
そして、歌が終わる。
「皆さん。お知りですよね?」
間髪いれずに、キルエスが話し出した。
「ウルスメデスという歌姫を」
キルエスは、少しずつ、辺りを見渡しながら話す。
こいつ、軍師よりこういう仕事の方が向いてるんじゃないだろうか?
「彼女の乗る馬車は破壊して発見され、彼女も死んだかと思われていました」
こういう仕事ってぇのはあれだな。
そう、詐欺師だ。
「しかし、我が軍は、死を彷徨う彼女を見つけ出したのです」
あたしがいつ死を彷徨ったのだろうか?
それに、本物は彷徨い間もなく、おっちんじまっている。
「そう、まさに今、歌を聴いておわかりいただけたでしょう」
おわかりいただけちまった奴の耳は節穴だけどな。
「彼女こそが、死の淵から生還した。奇跡の歌姫――」
奇跡ということを強調したいのだろう。
本物のウルスメデスがここに立っているなら、それは本当に奇跡なのだろうがな。
「ウルスメデスなのです!」
素のあたしなら、ここで胸を強調する姿勢を取って、投げキスでも投げてやるのだろうけど、そういうわけにはいかない。
あたしは、控えめに、上品に、お辞儀をした。
すると、大きく歓声が上がった。
先ほどまで、死んだ魚の様な目をして俯いていた奴らとは思えないほどだ。
その歓声の中から、「俺知ってるぞ!見たこともあるし、聴いたこともある!あれは本物の歌姫ウルスメデス様だ!奇跡だ!」そんな声が聞こえてくる。
キルエスの仕込みか?
そう思い、キルエスの方を少しだけ見たが、キルエスは小さく首を振った。
なんだ、素か。素ならいかれてんなあ、と思った。
歓声は兵達が退場させられるまで止むことなく、見えなくなっても聞こえる程だった。
そして、また次の兵達でも同じことが起こる。
更に次でも。次でも。
♦
そうして、キルエスの思惑は成功したのだ。
死にかけだった軍は蘇り、魔王軍と対等に渡り合いだしたのだ。
そして、あたしは、歌うだけで豪勢な生活を手に入れたのだ。
と言っても、あたしの方にも誤算はある。
少し歌うだけだと思っていたが、軍全体に歌を聴かせるとなると重労働だ。
普通に朝から晩まで歌うのは疲れる。
これなら、客の相手をしていた方が楽なくらいだ。
まあ、その分豪勢な生活をしているのだし、国が持っているのなら文句は言えないが。
そうして、今に至る。
キルエスは、忙しいのかあたしの部屋には、全然来なくなっていた。
だけど、あたしが変な友人と戯れている時に――
戯れてると言っても、そういう戯れてるではないけどな。
キヒヒ。
そう、その時に、キルエス・ガーレムは、あたしの部屋を訪れてきたのだ。