ウルスメデスその12
そして、あたしはアジェーレ城へと来た。
まだ城の中には入っておらず、今から入るところだ。
娼館の方は、金を出せばにこにこと送ってくれた。景気が悪かったからな。
ついでにその時、あたしは"おめかし"をさせられた。
もちろん、娼婦のようではなく、清楚な格好だ。
道中、キルエスの話は聞いた。
つまるところ、負けが確定したから、最後に故郷に墓参りするために勝手に逃げたってことだ。
まあ、悪いとは言えない。
しかし、軍隊ではそうとも言えないだろう。
もしかしたら、城の中にはいれてもらえないかもしれない。
しかし、その心配は杞憂で、門番に止められたりしたものの、キルエスが何かを見せると、すらすらと城の中に入れてしまったのだ。
そして、キルエスはあたしを置いて、どこかしらに行ってしまった。
しばらくすると、キルエスはやけに大柄で、高そうな服を着ている男を連れて来た。
「こっちだよ」
そう言われて、これまた高そうな部屋の中へと連れられてしまう。
部屋に入るなり、キルエスは頭を下げた。
「ウィグランド、すまない!僕は――」
一番は謝る事だろう。
これで許されなければ、あたしが来た意味がなくなってしまうので困る
「キルエス」
だから、あたしも緊張しているのだ。
もし、死刑だ、なんて言われたらどうしようか。
「よい」
寛大な男である。
ひとまず、無駄足にならなかったようで、あたしはホッとした。
そして男は、あたしの方を向いた。
というか、先ほどから、ちらちらと見ていた。
それは、あたしが美しいからだろう。
――と言いたいところだけど、こんな場面に着いてきている人間は、男も女も関係なく気になるだろう。
「そなたは?」
あたしが誰か?
それを是非聞いて欲しかった。
あたしは"ウルスメデス"である。
ここに至るまでに、そう言う話になった。
「ウルスメデスと申します」
姉は、ウルスメデスはこう動くだろうという所作でお辞儀をする。
それに声も、しゃがれた声でも、娼館にいた頃に作った声でもない。
ウルスメデスの声を出した。
相手の男のあたしを見る目は明らかに、普通の女を見る目とは違う。
きっと、あたしを清楚で美しい女性だと思っているのだろう。
面白過ぎて笑えてしまう。
キヒヒヒ。
「その偽物だよ。ウィグランド」
横からキルエスが口を挟む。
っておい、せっかく完璧な演技をしたというのによ。
「ああ?いいのかよ?ばらしちまってよ」
あたしは、素の声で突っ込みをいれた。
「流石に王様に隠すわけにはいかないだろ?」
薄々は感じていたが、やはり目の前の男は、王様だったか。
アジェーレ王ってわけだ。名前はしらないけど。
「あ、ああ?王様だったのか。どおりで上等なお召し物に、上等な住処だと思ったよ」
あたしの目の前で、王様は困惑している。
あたしが急変したので、驚いているのだろう。
「君は自分が住んでいる国の王様の顔も知らないのかい?」
しょうがないだろ、あたしには関係ない人間なんだから。
"お遊び"に来られなかったしな。
キヒヒ。
「というか、多分ウィグランドもウルスメデスは見た事あると思うんだけど?歌姫として歌を歌って国や街を廻っていたからさ」
ウルスメデスは有名人だ。
王様ほどの身分の人間なら、見ていて当たり前だ。
「あ、ああ。そういう類には一度も出たことがないな」
どうも、変わった王様のようだ。
いいね。変わっている奴は好きだ。
「なんだか様子がおかしくないかい?ウィグランド」
そりゃあ、普通の反応だろうよ。
あたしは、ちょうどいい椅子があったので、"楽な格好"で座った。
そんなあたしを、王様は目を見開いて見ている。
「そんな、珍獣を見るような目で見つめるなよ」
珍獣である事には違いないけどな。
キヒヒ。
「キルエスおめぇも鈍いなあ。王様はあたしの豹変ぷりに驚いてるんだよ」
鈍いというよりは、わかっていてやっているのかもしれない。
「最初に説明したじゃないか。偽物だって」
ああ、駄目だ。こいつは天然だ。
説明しただけで、理解していて当たり前と言いたいのだろう。
「そ、そうだな。驚いてしまったよ。声だって全然違ったからな」
声だって、本質的には同じなのだろうけどな。
誰だってそう思うよな……。
「ああ、声な。子供の頃から"ちぃと飲み過ぎちまった"んだろうな。キヒヒヒヒ!」
あたしは、手を丸くして、横に振った。
だけど、王様は困惑したような顔をしている。
おいおい、まさかのこの男前の王様の方が、うぶなのかよ。
「そんなことはどうでもいいよ」
まあ、どうでもいいか。
「それより、戦況は酷いみたいだね。本当にすまない」
ここからは、退屈な話が始まりそうだ。
もう、あたしには関係ないだろう。
そう思い、辺りを見回すと、随分と立派なベッドが目に映った。
仕事柄、ベッドはよく使う。
と言うか、あたしの主戦場はベッドの上だ。
少し触ってみると、見た目通りに"ふかふか"だ。
これだけふかふかなら、あたしが体を痛めたりする日もなくなるだろうにな。
なんだかむかつくので、飛び乗ってみると、ベッドの反発であたしの体は少し浮いた。
あたしは、それが楽しくなって、ベッドで飛び跳ねて遊びだした。
あたしの部屋には、このベッドと同じものを用意させよう。
「そこで彼女だ」
急にあたしに話が振られた。
「死んだはずのウルスメデスが生きていた。これは奇跡じゃあないか」
偽物だけどな。
「本物か偽物かは関係ないという事か」
本物なら余計な心配もしなくていいんだけどな。
「バレなければね」
人を騙すのは得意だ。
「現に最初に騙された奴もいたしな」
どう見てもあの顔は、あたしを清楚な人間だと思った顔だ。
「だが……」
王様の言いたいことはわかる。
それは、あたしもキルエスも同じ考えだ。
「ああ、実は僕もそう上手くいくとは思っていないよ。ただ、最後まであがきたいだけなんだ」
ご立派な考えだよ、あたしだって国が滅んだら困るからな。
「自殺に付き合う気はねーぞ。やばくなったら逃げるからな」
もう十分危険な状態なのだろうけど、しょうがないから付き合ってやる。
でも駄目だったら、すぐに逃げるからな。
「それで、ウィグランド。その……」
キルエスが言いたいことはわかる。
ただ、逃げ出したキルエスからは言い出しづらいのだろう。
「ああ、これからもよろしく頼む」
流石に王の貫禄がある。
王様は読み取って、キルエスに手を差し出したようだ。
「よろしく」
あたしの目の前では、男が二人して見つめ合って手を取り合っている。
真面目でいい場面なのだろうけど、なんだかむかつく。
「よろしくな」
だから、あたしも手を乗せてやった。
二人は驚いたような顔をした。
「なんだよ?別にいいだろ?」
あたしだって仲間だろう。
軍を、国全体を、騙す仲間だ。
「ああ、よろしく」
そう言って、みんな笑い合ったのだ。




