ウルスメデスその9
これは、あたしが子供の頃の話だ。
まだ、あたしが7歳かそこらの時の事だ。
小さい頃の事だが、今でも覚えている。
親が目の前で殺された。
理由なんてわからないし、親がどんな人間だったのかはわからない。
ただ、裕福な家庭だったのは少しだけ覚えている。
そして、残されたあたしと双子のお姉ちゃんは、あたし達の親を殺した奴に、奴隷として売られた。
売られた先で、また売られて、あたしとお姉ちゃんはばらばらになった。
あたしが売られた先は娼館だった。
当然娼館に売られたって事は、娼婦になるってことだ。
子供だって容赦はしない。
あたしだって子供の頃は純情だった。
そんなあたしは、"仕事を教えられて"、仕事をさせられるようになった。
しかし、子供を買うのは、"ど"がつく変態くらいなもので、あたしの稼ぎはいつも低かった。
稼ぎが悪いと、まともな飯も食わせてくれなくって、食べ盛りの子供にはきいたもんだ。
と言っても、食うもんには困らなかった。
不衛生な寝床には、たくさん虫なんかが湧いて出てくるからな。
おかげで、食える生き物と、食えない生き物の見分けはつくようになった。
食えない生き物を食べた次の日には、腹を壊していたからな。
そのせいで、生死を彷徨うこともあったが、誰も助けてくれなかった。
むしろ、何病気になってんだよと蹴られたくらいだ。
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そんな幼少期を過ごしたにも関わらず、それから10年ほど経った頃には、こんな美人に育ったのだからそれはもう奇跡だろう。
自分で美人と言うのは恥ずかしいが、事実なのだから仕方がない。
それに身体だって、男受けのする豊満な体へと育ったのだ。娼婦としてはとても嬉しいことである。
そして、仕事にも慣れてしまった。
顧客はたくさんついたし、飯だって普通に食えるようになった。
それでも、上の奴らに稼ぎの大半は奪われてしまうのだが。
もちろん何回か逃げようと思ったことはあった。
だけど、子供が一人で逃げて、生きていける自信もなかった。
そして、この頃には、もうこの生活も苦になっていなかったのだ。
逃げる理由もなくなってしまっていた。
そんなある日、いつも通り仕事をしていたあたしに同僚が話しかけて来た。
「ねぇ知ってる?サーカス団が来てるんだってさ?」
「ああ?そういや客がそんなこと言ってたな」
だけど、あたし達には関係ない事だ。
そう思っていたのだけど、その日は客が誰も来なかった。
みんなサーカス団を珍しがって見に行っているのだろう。
まあ、あたしにはいつでも会いに来れるからな。金さえ払えばな。
「ちっ、仕方ねえ」
興味がねえと言えば嘘になる。
それに今日を逃せば、二度と見る機会もないかもしれない。
あたしは娼館を出た。
誰も止める奴はいない。
誰もあたしが、今更逃げ出すなんて考えないから。
♦
あたしが着いた頃には、もうサーカスは始まっているようだった。
ちょうど見世物の入れ替えのようで、舞台には誰もいない。
少しすると、美しい女性が姿を現した。
彼女は歌姫ウルスメデスと紹介された。
ウルスメデス、それは姉さんの名だ。
それに姿を見ればわかる。
舞台に立っているのは、姉さんだ。
いったいどういう経緯でサーカス団で、歌姫なんてやっているのかわからない。
だけど、とてもあたしと同じような道を歩んできたとは思えなかった。
歌が始まる。
素晴らしい歌だ。
でもきっと、あたしも同じように歌える。
そう思った。
歌が終わると、あたしはその場を去った。
人気のない場所まで走って来ると、あたしは歌いだした。
「~~~」
やっぱり歌える。
これは同じものだ。
歌いながら、色々な考えが溢れ出来る。
嫉妬もある。あたしより裕福そうな暮らしをしていそうだ。
感動もある。10年越しに姉さんに会えた。
迷いもある。姉を見つけて、あたしはどうすればいいのだろうか。
そして、あたしは決めた。
姉には会わない。
もしかしたら、あたしを捜しているかもしれないし、捜していないかもしれない。
でも、会ってどうするというのだ。
こんな汚れきったあたしが、あんな高値の花の姉と一緒に暮らすというのか?
そんなことは"不可能"だ。
別に足を引っ張りたくないというわけではない。
だけど、今まで通りでいいのだ。
わざわざ変える必要はない。変わる必要はないのだ。
そうして、数日するとサーカス団は別の街へと移っていった。
当然、あたしは姉には会わなかった。
これで良かったのだ。




