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首斬り特待生  作者: 空松蓮司@3シリーズ書籍化
第一章 ようこそ学園島へ
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第八話 追憶 その1

 奴隷時代の僕の家は馬小屋の隣にある小屋だった。本当に小さな部屋で、獣臭かった。

 床はなく、足元にあるのは土だ。

 部屋にあるのは鉄の柵と大剣のみである。家畜の部屋だ。


『明日までにこの大剣を振り下ろせるようになれ』


 それがご主人様からの初めての命令だった。


(自分の体より一回り大きな剣を、振り下ろせるようになれるものか……)


 ここに持って来るまでもずっと引きずっていた。この大剣を振るうなんて無茶だと思う。けど、やらなきゃいけない。僕は奴隷だ。奴隷は命令に従うのみ。決心し、大剣の柄を握る。


 大剣を一度倒し、力いっぱい持ち上げようとする。


「ぐぬぬっ!」


 駄目だった。


 大剣は数センチ浮いて、落ちた。

 子供の力で持てる重さじゃない。


「はちめまして」

(どうしよう。明日までになんとか持ち上げる(すべ)を見つけないと……)

「はちめまして!!」

「うわぁ!?」


 背後からいきなり、甲高い声が聞こえた。活舌の悪い声だ。

 振り返ると、自分よりも背の低い、黒髪の女の子が立っていた。


「あの、えと……誰?」


「わたし……わたしアンリ!」


(アンリ……あ、たしかご主人様にはアンリって名前の一人娘が居るって話だった。この子がそうか)


 彼女も自分の飼い主のようなものだと理解し、笑顔を作り出した。


「えぇっと、お嬢様、どうかなされましたか?」


 奴隷商人に仕込まれた敬語を使って話す。


「おじょう? わたし、アンリだよ?」


 お嬢様、という単語を彼女は知らなかった。


「アンリ様、あの、なにか御用でしょうか?」

「わたし、アンリサマじゃない! アンリ!」

「こ、困ったな……」


 何歳ぐらいだろう?

 5歳ぐらいかな?


 自分は歳の割には頭が良かった。

 だから、言葉をロクに知らない彼女を年下だと考えたのだ。しかし、


「アンリ、いま、いくつ?」

「8さいっ!」

「え? 同い年!?」


 アンリはキョロキョロと首を回すと、泣きそうな顔をした。


「シャルル……いない……」


 シャルル? 

 どちら様だろうか。


 いや、それよりまずい。ここでお嬢様が泣いて、もしご主人様が駆け付けたら、僕のせいにされる。どんな罰が待ってるかわからない……。


 僕は彼女を慰めることにした。


「お嬢……アンリ。そのシャルルって人、一緒に探しますのでどうか泣かないでください」

「シャルル、もういない。死んじゃった……」

「そう、なのですか……」

「シャルルとお散歩行ったら、車がシャルルを踏んじゃった! それで、死んじゃった! ひぐっ!」


 シャルルって、もしかして犬とか猫とかのペットかな。もしかしたら僕が居るこの小屋はシャルル様の家だったのかも。


 小屋の中は微かに猫缶臭い。


「ひぐっ! うぇ……」

「ど、どうしよう」


 死んじゃったもんはどうしようもない。

 でも、ここで泣かれるのは困る。


 だから、僕は――


「アンリ! あのですね、シャルルは――」


 この時、僕は生まれ持っていた名前を捨てた。


「シャルルは僕です!」

「え?」

「死んで、生まれ変わりました! 人間に!」


 目を瞑って、恥ずかしさを紛らす。

 うすーく瞼を上げる。

 小さく見えたアンリの顔は、お日様のように明るく笑っていた。


「シャルル! うまれかわった!!」

「わわっ!」


 アンリが勢いよく胸にダイブしてきた。

 僕はそれをなんとか受け止め、抱きしめたのだった。


「またよろしくね! シャルル!!」

「は、はい。よろしく、にゃー……」


 彼女を抱きしめた時の感触を、今でもよく覚えている。

 フワフワで、柔らかくて、強く抱きしめたら壊れそうなぐらい軽かった。そして何よりも、


――彼女の体は、温かった。


 今でも鮮明に思い出せる、彼女との出会いの記憶。

 あの日から、僕とアンリの日々は始まったんだ。


 もう、遠い昔の話だ。



 ◆



「起きろ()()()()


 瞼を開くと、本のページが目に入った。そこには『初版1920年』と書かれている。本の最終ページだ。どうやら本を読みながら眠ってしまっていたらしい。椅子に座り続けた体は痺れている。


「それで最後の本か?」

「はい。なんとか読み終えました」


 ハルマン副校長は本の山を本棚が描かれた画用紙にしまっていく。


「支度をしろ。出発するぞ」

「……けっこう早いんですね。まだ5時半ですよ」

「〈ユンフェルノダーツ〉は孤島を丸ごと学園に改造した学園島(がくえんとう)だ。移動には時間がかかる」

「孤島を丸ごと学園に!? それは、すごいですね」

「なんだ、初耳だったのか。有名な話だけどね。この家はそのまま学園島に運ぶから大剣や服は置いていていい。着替えだけ済ませろ」


 つまりこの結界が入っている絵画を持って行くというわけだ。

 見方を変えればこの結界はバッグ代わりに使える。いや、そこらに売ってるバッグとは比べ物にならない利便性だ。画用紙と額縁の重さしかないのに運べる重量は象何頭分かわからない。


 僕は簡素なシャツの上に緑のロングコートを羽織る。

 準備開始から1時間後、絵の世界から飛び出ると、そこは見たことの無い倉庫だった。至る所にモップが落ちているから掃除道具入れか。

 僕は2月1日から一歩も絵の外に出ていない。

 僕が絵の世界に居る間にハルマン副校長がここまで運んだのだろう。


 額縁を脇に抱えて倉庫を出る。

 すぐ右にトイレ。トイレから視線を左に逸らすと大量の人だかりが見えた。

 身だしなみを整えた人たちがあちこちに居る。耳に届く騒音で、魔導列車が近くを通っているとわかった。


「駅ですか、ここ……はじめて来ました」


 はじめての駅に興奮と不安を感じながら首を回していると、ハルマン副校長はある部屋を指さした。


「魔導エレベーターだ。アレに乗っていくぞ」

「エレベーター……上下に自動に動く部屋ですよね。ボタンで階を指定すると、その階に自動的に行くっていう」

「さっそく勉強の成果が出ているじゃないか」


 ハルマン副校長はエレベーターの前にはいかず、近くの柱に身を潜めた。

 僕も合わせて身を潜める。


「なにをしてるんですか?」

「エレベーターの前に人が居るだろ。あれではダメだ」


 なにがダメなのだろうか。どうせすぐわかるだろうと質問を後回しにする。

 エレベーターの前から人気(ひとけ)が無くなったところでハルマン副校長はダッシュでエレベーターの前に行き、ボタンを連打してエレベーターを開かせ、中に入った。僕も後に続く。


「えっと、これで階を指定するんですよね。何階に行くんですか?」


 ソワソワしながら僕は聞く。初めてのエレベーターだから、多少の興奮がある。


「地下20階」

「ありませんよ、そんな階」


 あるのは現在地の階である1階と、2階と3階、地下1階のみだ。


「パスワードを入力すると、地下の20階に行けるんだ」


 ハルマン副校長は2‐1‐2‐1‐B1‐B1の順でボタンを押した。するとエレベーターはガタンと揺れ、真下に進行を始めた。


「我々が使うのは魔術師専用の魔導海底列車、海底を通る列車だ。それは既存の階にはない。決まった順番でボタンを押すと、エレベーターが瞬間転移し、海底列車の場所に案内してくれる」

「どうして海底を通るんですか?」

「校長の趣味だ」

「趣味でそんな凄い物作らないでくださいよ……」


 一瞬、重力がなくなったかのような浮遊感が身を包んだ。浮いた足はすぐに地につく。


「エレベーターを下りたら列車は目の前、その列車に乗れば学園島まで一直線だ。私は別のルートで学園島に向かうから、ここで一旦お別れだな」

「そうですか」


 エレベーターの勢いが弱まっていく。段々と目的地が近づいているのだろう。


「最後に忠告だ」


 ハルマン副校長は葉巻を指に挟んで持つ。この人が葉巻を咥えないで喋る時はまじめな話をする時だと、この2ヶ月でわかった。顔を引き締めて言葉を待つ。


「いちいち言う事ではないと思うが、人を殺すなよ」

「……僕を殺人鬼かなにかだと勘違いしていませんか? 殺しませんよ」

「もしも、()()()()()()()()が目の前に居たとしてもか?」

「――ッ!?」

「悪いね。君のこと――いや、君の恋人がなぜ死刑になったのか、詳しく調べさせてもらった。アンリ=サンソンは……とても、立派な人間だったね。君が惚れるわけだ」


 僕はハルマン副校長を睨みつける。

 ハルマン副校長は僕の視線を笑って流した。


「君は他人より『殺人』への抵抗がない。特に、罪人に対してはな」

「それは……否定できません」


 僕は人殺しなんてしたくない。

 でもそんなことは大多数の人が当然のように思っていること。


 その大多数の常人と、僕とで比べたとして、どちらが『殺人』への抵抗があるかと聞かれれば……僕だとは言えない。純然たる事実、僕は『殺人』に慣れてしまっているのだ。


「いいか、良く聞け。どんな事情があれど、君が私怨で人を殺した時、その時が、()()()()()()()()だ。この言葉、肝に刻んでおけよ」


 エレベーターの扉が開くと同時に、ハルマン副校長は僕の背中を叩いて外に出した。

 エレベーターの方を振り返ると、葉巻を咥えず笑顔でハルマン副校長が手を振っていた。

 その混じり気のない笑顔は美しかった。普通に笑えば普通に美人なのだとこの時はじめて感じた。

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