第六話 首斬り特待生
その言葉を受けて目の前の女性がどう反応するか頭の中で考えた。
だが、彼女の反応は僕の頭の中で考えたどれとも違った。
ハルマン副校長は口を開き、こぼれそうになった葉巻を右手で支える。
「死刑を……殺す? それって、死刑制度の撤廃ってこと? おいおい、頭おかしいんじゃないか? それは、死刑制度支持派である現皇帝にたてつくと言うことだぞ?」
頭おかしい人に頭おかしいと言われた。
ちょっとショックだ。
「ふふ……ははははははははっ!!!」
ハルマン副校長は腹を抱えて笑い出した。
顔に血が上る。話すんじゃなかった。
「いいねぇ!! すっごく面白いよ! ソレ!!」
「はぁ?」
「いやはや、どうやら私は君の事を大好きになってしまったらしい。その願いを叶えられるとは断言できない。けれど、1%にはなる。今のままじゃ、君の理想は叶わない。絶対にね。我が学園へ入り、学び、卒業できれば、1%にはなるさ」
「1%……」
「魔術が世に浸透し、全盛となった今、当然政治と魔術も大きな結びつきを得ている。魔術を身に着けることは死刑を殺すことへの第一歩と言っていい」
曖昧な返答に顔をしかめる。
ハルマン副校長は僕の表情を見て、「逸るな」と言葉を繋ぐ。
「君は“聖堂魔術師”というのを知ってるかい?」
「いいえ、聞いたことないです」
「“聖堂魔術師”は皇帝つきの魔術師のことだ。皇帝直属の親衛隊というやつさ」
「皇帝――!」
死刑を殺す上で、避けられない存在!
その直属の兵となれば、皇帝と直接会話する機会ができる。死刑を撤廃するよう、直談判できる。
「卒業時、学年でトップの成績を修め、且つ、校長と3人の副校長に推薦を受けた生徒は“聖堂魔術師”になれる、“聖堂魔術師”の権力はそこらの政治家より上だ。もしも“聖堂魔術師”になれれば……君の夢が叶う可能性は10%ぐらいにはなるかな」
“聖堂魔術師”、そこに至るまでの道のりが相当に険しいことはわかる。魔術に関して洗礼術以外の知識がない僕はスタートからして他の生徒よりも大幅に遅れている。
『死刑を殺す』、この夢がはるか遠くにある事実は変わらない。
学園に入ったとしても、すぐに落ちこぼれて無駄に時間を浪費するかもしれない。仕事を捨て、学園に行ったとして、その先で退学になったら路頭に迷うことは間違いなしだ。
「それにウチにはね、有力貴族の御曹司やら御令嬢やらがいっぱい居る。彼らと良好な関係を築ければさらに確率はあがる」
有力貴族。
そういえば、早速それっぽい奴には会ったな。
「ヒマリ=ランファー。彼女も有力貴族ですか?」
「お、彼女を知ってるのかい? そうだよ、彼女は大貴族ランファー家の次女……いや、今は長女か」
1%になる。
ただ卒業できれば0%が1%になるんだ。さらに“聖堂魔術師”になれれば10%……貴族の子供たちと関係を築ければさらに上昇する。
霞がかっていた夢が、はっきりと見えてくる。
「簡単な道ではないよ。学園を卒業するだけでも相当に難しいとだけは言っておこう。特に君はね」
変わらずはるか遠くにある夢だ。
けれども、さっきまでと違ってそこに至るまでの道のりが見える。
なにを、なにを迷っているのだろう。
僕は恐れているのか、血に汚れた自分が清く正しい学び場に行くことに――
「奴隷め!!! ようやく見つけたぞ!!!!」
聞き慣れた声に、思わず背筋を震わせる。
「ご、ご主人様……!」
雪の道に大きな足跡を作りながら、ご主人様はやってくる。
僕に近づくなり胸倉を引っ張り、連れて行こうとする。
「もう逃がさんぞ! 今から処刑台に直行だ。仕事をしてもらう!」
「ま、待ってください! まだ、この人と話が……!」
「外部の人間との会話を許可した記憶はない! 奴隷は奴隷らしく、主人の言うことを聞け!」
助け舟を求めてハルマン副校長を見るも、
彼女はポケットに手を突っ込んで、静観を決め込んでいた。
「ここで決めなさい」
鋭い目つきが突き刺さる。
「処刑台に戻る道に行くか、処刑台を壊す道へ行くか、ここで決めなさい」
ここで……!?
そんな急に決められるものか。人生を左右する問題だぞ。
処刑台に戻るのは嫌だ。
処刑台を壊す道だって、正しいか決断できない。一生かけて、一歩も進めず終わるかもしれない。
無駄に時間を浪費するぐらいなら、とっとと死んで輪廻転生に希望を託す方が得策だ。
そうだ、死んでしまうのが一番、僕にとって楽な選択――
『シャルル』
彼女の声が、アンリの声が、聞こえた。
『大丈夫だよ。シャルル。大丈夫……』
いつも、僕が辛そうな顔をすると、決まってそう声を掛けてくれた。
そうだ、僕は許すわけにはいかない。
死刑なんてものが無ければ、アンリは今だって生きていたはずなんだ。
例えどれだけ険しい道のりでも、
僕は……死刑を許すわけにはいかない。
僕は足で踏ん張り、抵抗する。
「貴様……!」
「ご主人様。僕は処刑人です」
「ならば……!」
「僕には処刑しないといけない存在がいる。処刑台に戻る必要はない。僕が殺すべき存在は、そこにはいないのだから……!」
右拳を握る。
ふと、視界に入ったハルマン副校長は笑っていた。
ふん。いいさ、望み通りの展開にしてやる。
「さようなら」
「なっ――!?」
鼻っ柱をへし折る勢いで、拳を突き出した。
僕にとって、とてもとても大きな存在であったご主人様は、いとも簡単にはぶっ飛んでしまった。こんなにも、軽いとは思わなかった。
「覚悟はいいかい? もう、後戻りはできないよ」
「あなたこそ覚悟はいいか? この不良品、もう返品はできないぞ」
「はっはっは! 上等だ」
こうして、僕はハルマン副校長に買われた。
処刑人を辞めたつもりはない。
僕の最後の処刑は、ここから始まるのだ。
「僕は“聖堂魔術師”になる。そして、死刑を殺す」
「歓迎するよ、首斬り特待生」
そんなハルマン副校長の言葉が響くと共に、
雪が――止んだ。




